ベスは写真家としてのキャリアと実績を着実に積み上げ、今では有名な雑誌の表紙写真を手がけるようになった。パットが経営するレストランも固定客層を広げて利益を伸ばしていた。ヴンセントもシカゴの高校に慣れて、学業成績でも上位に位置するようになり、バスケットボール・クラブでもレギュラーの地位を得た。
外から見れば、幸福そうな中流家庭そのものだった。
ところが、ベンを失った心も傷の痛みがなくなるどころか、むしろときを経て深い疼きとなって、彼らの心を蝕むようになった。
悲劇の記憶はときとして、仲の良い家族の役割――仮面の役割――を演じ続けていることに胸苦しさや虚しさを覚えさせることになった。そのせいか近頃、パットとベスは、ベンの失踪をめぐって口論するようになった。
目に見えるような心の傷口がふさがったために、むしろ傷跡に触るようになったかもしれない。
ヴィンセントも、家を出ると何やら苦悩の表情を浮かべ続けるようになっていた。
さて、シカゴに引っ越してから2年後のある日、ベスが庭仕事を兼ねてカメラワークの練習をしていると、12歳くらいの少年が、庭の芝刈りのアルバイトをさせてくほしいと申し込んできた。サムと名乗る、礼儀正しく、聡明で素直そうな少年だった。
その少年に何やら強烈に惹かれるものを感じたベスが、サムの顔を見つめた。衝撃が奔った。
というのは、ベンの失踪事件が起きてから迷宮入りになったとき、FBIが――10年後くらいの――成長したベンの顔立ちをシミュレイションしたCG画像とそっくりだったからだ。
ベスは動揺を抑えながら、サムとアルバイトの条件を取り決めた。
次週から、サムはカッパドーラ家の芝刈りをすることになった。
ベスは、この衝撃の遭遇をパットに打ち明けて相談した。
ところでヴィンセントは、近隣に住むサムという少年が10年前に失踪したベンらしいということにうすうす気づいていた。
母親ベスの話を聞いて、ヴィンセントは、シカゴに来てから間もなく、サムを見て「あれはベンだ!」と思っていたことを打ち明けた。だが、そのことを両親に告げると、トラブルが再燃すると思って悶々としていたという。
今、ベンはサムという名のとなって、ジョージ・カラスという父親と仲睦まじく暮らしている。母親のセシルは、7、8年前に死去していた。
サムはセシルの連れ子として、セシルがジョージ・カラスと再婚したときに彼の養子となった。ジョージは、セシルの死後もサムを大事に育てたため、サムは礼儀正しく知的で素直な少年に育った。
カッパドーラ夫妻は、今ではカラス家のサムと名乗っている少年がベンに間違いなさそうだということを市警察とFBIに通報・相談した。捜査当局の調査で、サムはベンであることが判明・確定した。
FBI捜査官、キャンディ・ブリスは、ベンがカラス家のサムとなったいきさつについて調査した結果をカッパドーラ夫妻に報告した。
事件直後、キャンディは、ベスの同窓生全員を略取=誘拐の容疑の可能性のある人物として面談や捜査をした。けれども、セシルの偽装を見破れなかった。キャンディは、自分の捜査の不手際を認めて夫妻に詫びた。