■原題 A German Woman ■
ドラマの各回の物語の邦題は、NHK・BS放映時の題名を示すことにする。邦題と原題とがかなり異なる場合もあるので、原題の意味合いを私なりに説明し、邦題設定の文脈についても忖度する。
さて第1話「ドイツ人の女」は、次のような物語だ。
1940年5月のブリテン王国、すでにナチス・ドイツとの戦争が始まっていた。
ロンドン警視庁の警視正―― ditectve superintendent :犯罪捜査部門の上級警視という意味――、クリストファー・フォイルは上司の警視監に転属願を出した。軍の輸送管理部門への転属を希望したのだ。フォイルは転属願が受理されなければ辞職するつもりだった。
ところが転属願は――そして退職願も――はねつけられた。警視監によれば、ロンドン警視庁は多くの人員を兵役で引き抜かれて人材不足だというのだ。
だが犯罪の件数は減らないので、捜査官の数は極めて不足している。だから、有能な捜査官・警視正を軍に転属させるわけにはいかない。とはいえ、戦時下でロンドンの警視庁本部に勤務するのが嫌なら、ドーヴァー海峡を望む田舎町ヘイスティングズの警察署に異動して、そこで犯罪捜査部門の責任者として指揮してほしい。
それが上司の警視監の意見であり、彼が発した辞令の内容だった。
国民国家どうしの戦争は、つまるところ「国民」対「国民」の軍事的な敵対だ。したがって、それぞれの国内では「敵性国民」を危険分子として一般市民社会から分離することになる。戦時体制とはすなわち戦争という目的を理由とする民主主義の諸制度の部分停止または制限状態を意味する。人権や市民権は制約され切り縮められる。とりわけ敵対する国家の出身者に対しては…。
これら地域の出身者についてブリテン政府は、ブリテン諸島の海岸から8マイル以内に居住する者たちをすべて隔離収容した。また、このよう区域内では写真撮影や風景描画をドイツへの戦争協力行為として取り締まった。
ナチスドイツに宣戦布告し国内および帝国内の戦時体制を固めるなかで、ブリテン政府は国内では敵性国民すなわちドイツ出身者を一般市民社会から隔離する政策を打ち出した。この場合のドイツとは、現在のドイツ領土よりもはるかに広い。当時、ドイツ帝国とその属領の版図は、ドイツ本領のほかにボヘミア(チェコスロヴァキア)、ポーランド北部、バルト海沿岸などにわたっていた。これにドイツの同盟国オーストリアが含まれていた。
オーストリアからヘイスティングズに亡命していたオーストリア人のクレイマー(クラマー)夫妻は、近隣住民の通報によって収容隔離されることになった。さらに家の庭で写真を撮影したことで、ドイツ軍への協力容疑を被せられた。その写真の画面にたまたま沿岸防衛のために航行していたブリテン海軍駆逐艦の艦影が写っていたからだ。
戦時の陸海空軍の作戦行動はすべからく機密情報となる。クラマーが沖合を航行する海軍艦艇を撮影したことは、まさに海軍の機密を記録したということになり、処罰の意味もあって収容所送りとなったのだろう。
クラマーはウィーン交響楽団のメンバーだったが、同僚のユダヤ人の迫害に反対したため当局によって圧迫され、イングランドに亡命してきたのだ。彼は妻とともに収容所に隔離されたのち、妻と引き離された。収容所では男女別々の棟に分離されたからだ。それから間もなく、妻は心労のため心臓発作を起こして死去した。
亡くなったクラマー夫人の甥、マーク・アンドリュウズは、叔父夫妻を収容所から自宅に戻そうとして当局にかけ合ってきた。だが埒が明かず、そうこうしているうちに叔母が死んでしまった。彼は憤っていた。
マークが憤っていたのは、敵性国民の収容隔離をめぐってもブリテンの身分格差、つまり身分特権による差別的なあつかいがまかり通っていることに対してだった。