ところで、空軍パイロットのアンドリュウが任務中に大怪我をしてしまった。
その知らせを受けたフォイルは、子が入院する病院に駆けつけた。
アンドリュウはドイツ空軍との空戦で傷を負ったわけだはなかった。事故だった。着陸に失敗したのだ。
その日、アンドリュウはブリテン島南部での防空警戒任務を終えて空軍基地に帰還しようとした。だが、秋のブリテンに特有の濃霧で視界を失って基地への帰還がかなわず、上空をさまよううちに燃料切れで野原に不時着するしかなくなった。
ところが、ドイツ空軍の着陸を阻止するために野原にはいたるところに溝が彫られていたことから、スピットファイアの車輪が溝に嵌まり込んで機首が地面に激突してしまった。
ドイツ空軍の襲撃を恐れるあまり、自国の戦闘機が領空に展開していることに気が回らなかったため、友軍の戦闘機の着陸場所まで奪ってしまったのだ。地上の防御設備の構築は陸軍の担当だったから、空軍の都合には頭が回らなかったということだ。官僚組織としての軍の縦割りの組織形態がいたるところに障害や疲弊をもたらしていた。
この事故のため、アンドリュウはこめかみにひどい傷を負い、右腕を骨折してしまったのだ。 アンドリュウは接合手術を受けた後、数日の安静を経て、自宅での療養のために数週間の休暇を与えられた。
だが、アンドリュウは自宅に帰ったものの、すっかり落ち込んでしまった。フォイルが食事を用意しても、食欲がないといってあまり手をつけなかった。
そんな息子の様子を心配したフォイルは、出勤途中のクルマのなかで、サマンサに息子を外に連れ出してほしいと頼んだ。サマンサはランチに誘い出すことにした。
ところが、サマンサの厚意を父親の指金と勘繰ったアンドリュウは、サマンサに突っかかってしまった。サマンサは相当に気分を害したようで、悲惨な結果をフォイルに告げた。
◆フォイルの停職と自宅軟禁◆
ところが、そんな折、フォイルは停職になってしまった。
コリアー警部の捜査で、フォイルが政府の戦争政策を非難する扇動教唆をおこなったとされたのだ。フォイルは職務権限を停止されて自宅からの外出を禁じられてしまった。
その後の捜査は、コリアーの指揮下でミルナーがおこなうことになった。だが、コリアーは食糧闇取引事件の捜査に対して熱意を見せなかった。
◆サマンサの不運◆
その週はサマンサも散々な目にあうことになった。まずアンドリュウの無神経な物言いでひどく傷ついた。
次に、敬愛する上司のフォイルが停職に追い込まれ、官僚主義的な物腰のコリアーの指揮下に入った。コリアーは、推理の冴えも洞察力でもフォイルに著しく劣っていた。というよりも、捜査に身を入れているとは思えない態度だった。
コリアーはゲストハウスに捜査に赴いても、調べは行き当たりばったりで、成果がなかった。それについて、つい皮肉めいた言葉を発したため、サマンサはコリアーの怒りを買い、警察の運転係の任から追い出されて、もともとの所属だった陸軍機械化輸送部隊に戻されてしまった。
しかも、その隊で上官の女性大尉は、能力ではなく家柄だけで大尉となったらしく、ヒステリックに威張り散らすだけで部下を苛めるのを楽しんでいるような人物だった。才気煥発なサマンサは嫌われて、酷い扱いを受けることになった。