幻影師 アイゼンハイム 目次
幻影は権力? それとも権力は幻影?
見どころ&あらすじ
世紀末ヴィーン
アイゼンハイムの来歴
警視とレーオポルト大公
大公の挑戦
ゾーフィーの願い
ゾーフィーの死
ヴァルター警視の疑念
大公破滅へのカラクリ
イリュージョン・・・権力
イリュージョン・・・歴史
日本近代史イリュージョン
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■日本の近代史イリュージョン■

  日本では、明治維新(革命)と明治期の文明開化を正統化したいあまりに、江戸期以前をことさら貶める歴史評価が、左右両陣営によってまことしやかに撒き散らされた。日本は「低位後発」の劣った社会だと、単に卑下する卑屈な歴史観がまかり通ってきた。
  明治政府側=右翼は、江戸期をことさらに「遅れた社会」――その反照として「明治期の進歩は素晴らしい!」という価値観を押しだす――として描こうとした、その思想は公教育の歴史に強引に持ち込まれた。
  そのイデオロギーが明治政府と支配層に都合がよいように流布された結果、近世城郭の破壊や廃仏棄釈(神仏分離)運動によって、あたら貴重な文化財――城郭や寺院建築――が破壊されたことだろう。「この運動が民衆の自発的運動であって明治政府は関与していない」という説もあるが、日本各地にこうした運動を督励する総督を派遣したのは政府関係者ではなかったか!。

  他方で左翼は、日本はブリテンやフランスのような「市民革命」を経ていないから、「まともな産業資本主義」は形成されなかった、と主張した。「市民社会」も形成されなかった、と。けれども、フランス革命後130年間、フランスでは身分制社会が維持されたのであって、革命時の「人と市民の権利宣言」が、特権的支配諸階級を除いて社会の通常の規範となることはなかった。
  ヨーロッパの近代革命思想という幻影が、そのまま近代ヨーロッパ社会に当てはまるかのような幻想が日本のアカデミズムを支配していたのだ。
  いずれにしろ、イリュージョンがアカデミズムに蔓延してきた。

  革命のユートピア=理想論イデアリズムは、革命後には秩序を正統化し神聖化する虚偽意識としてのイデオロギーになったというのは、《知の社会学 Wissenssoziologie 》の方法を提起したカール・マンハイムが指摘したとおりだ。
  その同じ近代ブルジョワジーの方法論つまり進歩史観・発展史観(発展段階論)を、マルクスたちはそっくりそのまま継承して、未来の理想社会(コミュニズム)への歴史的移行の展望を描いたのだ。
  そして、マルクスたちが想定した文脈とはおよそすっかりかけ離れた状況で発生したロシア革命に、革命指導者たちによってマルクスたちの理想を畸形化させ切り縮めて強引に適用した。
  その後、全体主義的独裁レジームとしてのソヴィエト権力は、マルクスの方法を巧妙に利用して、革命を社会構造(生産様式)の構造転換の過程とする歴史観ないし「方法論の鋳型」をつくり出した。そして、過去の歴史をその鋳型のなかに強引に流し込んでいった。


  その陣営が「正統派マルクシズム」を標榜したことから、その後左翼の運動と理論のなかに恐るべき混乱と紛糾が出来してしまった。マルクス派社会科学の論争が、正統派と異端派との宗派争い、宗祖の片言隻句を呪物崇拝する非歴史主義・アナクロニズムへと変貌したのだ。
  このような左翼社会科学の混乱は、ソ連の国際的装置であったコミンテルン支部から共産党・社会主義政党が形成された――日本も含めた――諸国で、こうした政党がマルクシズムの正当な継承者を自任して左翼の運動と理論を指導しようとしたため、ずっと持続することになった。
  レジームを批判して変革を求める側が、そのような虚偽意識にまみれた理論を基礎にしたのだから、まともな変革の展望を描けるはずもなかった。社会科学における「失われた世代」が続いた。私は、そのような「失われた世代」に属する。
  私自身はマルクス自身が提起したイデオロギー批判の方法をマルクシズムそのものの歴史の分析に適用したため、「はぐれ者」になってしまった。

  右派の政治学や経済学でもイリュージョンがまかり通る時代が今でも続いている。
  今だって、「市場幻想」の崇拝者とか「自由化幻想」の崇拝者たちが、市場の暴力に圧迫されて呻吟する人びとの苦難を無視して、偉そうに高説を垂れているではないか。
  いずれも、幻想と幻滅の「思想史博物館」に陳列されることになるのかもしれないが。
  歴史観というのはきわめて重要なものだが、しょせん《現実の歴史》というとらえようのない厖大な事象の、一部分を、多かれ少なかれ屈折したフィルター・レンズを通して写し出した、ごく大雑把なシミュレイションでしかないのだ。

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