さて、以上にちょっぴり肩の張る問題を考えてきた。次は、多少ズッコケ気味のホームドラマ風味の「退職刑事」の物語を考察する。
『新参者』と対照的なドラマ『刑事定年』は、10回シリーズで、舞台の室内劇のような仕立ての描き方になっている。
平刑事のまま定年退職した律儀な男の家に持ち込まれる《ご町内の小さな事件》の顛末を描くシリーズ。そこで発生するドタバタ気味のできごとを追いながら、これまた夫婦や恋人、友人などの間柄における人情の機微――愛情や気遣い、疑心暗鬼――を描く作品群だ。描かれる出来事は刑事犯罪事件ではない。
このシリーズ全体の背景に流れるテーマは「定年後の夫婦愛」で、とりわけ仕事中毒で家庭を顧みなかった夫が定年後、どのように妻や家庭と折り合いをつけていくかという問題が中心になっている――全体を統一するテーマ=コンテクストをなしているようだ。
ただし、あらすじについてかなり丁寧な紹介が、BS朝日のホームペイジに出ているので、ここでは「あらすじ」は示さないでおく。
まずはじめに言っておきたいことは、このドラマは「一見したところ、かなり予算的に安価なつくりになっている」ということだ。
ドラマの場面は、先頃、警察を定年退職した猪瀬直也(主人公)の自宅だけだ。描かれる場面は、キッチンと居間、小さな座敷、そして2階の2間だけ。
それだけの空間で舞台喜劇風の仕立てになっている。家の外部の風景はほとんど出ない。
ただし、家のなかでの会話――電話の会話も含む――によって、自宅の外部でのできごとや様子が語られ説明される。こうして、かなり限定されたシテュエイション(状況設定)のなかで物語が展開する。
◆刑事が退職したら◆
現役中は仕事中毒で自宅には食事と睡眠を取りに帰るだけ、というような生活は何も警察官(刑事)に限ったことではない。が、一般サラリーマン(男性)の退職後と一味もふた味も違う退職後の生活状況を設定しないと、題名からいっても、目の肥えた視聴者を惹きつけるためにも、うまくいかない。
では、刑事の退職後の生活の特殊性は何か、ということになる。
これが、考察の1つ目の視点(問題点)である。
2つ目は、一般男性サラリーマンと共通する問題として、家庭や近隣社会とのつきあいを拒否・等閑視して仕事中毒(組織人間)として洗脳され管理されてきた男たちは、退職後家庭に戻ると、妻や家族との関係を再構築しなかればならず、近所づきあいのノウハウや楽しみを身につけていかなけれなならないという課題だ。
そして、刑事だった経歴による特殊な退職後の環境が、この2つ目の生活(直面する課題)に独特の色合いや風味をもたらすことになる。
さらに、主人公、猪瀬直也は1人の個人――パースナリティ――として、どのような刑事(職業人)だったのか。どんな職場環境や同僚に取り囲まれていたのか。彼が出会った容疑者や事件関係者などに対して、どのような接し方(関係性)を取ってきたのか。そういう刑事としての個性のありようが、退職後の生活スタイルをそれなりに方向づけることになる。
というわけで、このドラマをつうじて、主人公の人間性というか個性がどのように描き出されているかを考えること、それが3つ目のテーマとなる。
「人間を描き出すこと」は、演劇やドラマのごく当たり前のテーマであるのだから、以上の視点はことさら変わった視点ではない。ごく当たり前のものだ。
それでは、各回ごとの物語を追ってみよう。