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かくして本選(ファイナルステイジ)に挑む千秋真一。自分の本来の姿勢を取り戻して、挑むことになった。
これまたヘーゲル風に言えば、〈 an nud für sich 〉な方法論へと進むことになった。私は、音楽をイメージするとき、なぜかヘーゲルの認識論や論理学の方法論を思い浮かべてしまうのです。
課題曲の2つのうち、1つはこれまでに演奏指揮した曲のなかから自分で選択することができ、もう1つは籤引きで決まる。自分で選ぶ曲は、「ティル・オイレンシュピーゲル」。残り1曲について、真一はのだめに籤を引かせることにした。
引き当てた曲は、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。これは、まだ両親が離婚する前、ヨーロッパに暮らしていた頃、ひたすら訓練した曲らしい。
ヴィーンのヴァイオリン・コンペティションの少年部門で優勝した真一が、親譲りの資質を発揮しヴィエラの影響もあって、基礎からみっちり習い覚えた曲だ。すべての音符、リズムが身体のなかに浸み込んでいるといえるだろう。そして、ヴァイオリン・ソロの活かし方についても、本能に近いほどに熟達している。
「いつか、絶対にオケでこの曲のソロを演奏してやる」と野望を抱き、やがて「この協奏曲でオケを指揮してみたい」と真一が臨んだ曲でもあるようだ。
そして、「オイレンシュピーゲル」は、3次予選でオケと対立して混乱・紛糾してしまった曲だ。真一は、これに再度挑戦する。リターンマッチだが、本来めざしていた音楽世界を、この挑戦で表現しきることが目標となった。
今度は、ウィルトール楽団自身の持ち味、個性、すぐれた点を全面的に引き出しながら、総体として真一自身がめざす音楽観を構成しようと考えた。予選のときは、狭い視野から自分らしさを表現しようとするあまり、楽団の個性や持ち味まで配慮する余裕がなかった。だが、素材としてのオケの持ち味=能力を活かし切ることは、指揮者の第一の使命である。
指揮者としては、オケのメンバーが快く演奏しながら、なおかつ指揮者の目指す方向を理解し、そこの調和点を見出しててもらうようにすることが必要だ。
どんな個=持ち味のオケを指揮しても、全体として指揮者として自分の音楽世界を構築して表現ことができる、それこそが優秀な指揮者の要件であるのだから。
予選で互いにそれぞれの演奏法や音楽観(方法論)をめ対立点=個性の差が明確になったことで、真一には、むしろ調和・協調を成り立たせる均衡点が見えているはずだ。真一は、「オイレンシュピーゲル」の演奏で、あたう限りオケの持ち味を引き出した。コンマスのイニシアティヴを完全に信頼し、発揮させた。そしてヴァイオリン・ソロとの絡み合わせ、噛み合わせも精妙に組織した。
何しろ、構築性=体系性の明確な真一の演奏意図は、それぞれのパート=楽器の位置づけが明確であるがゆえに、オケのメンバーがひとたび指揮者の意図を理解すれば、むしろ調和が成立しやすいはずだからだ。
いわんや「ヴァイオリン協奏曲」についてをや、である。
千秋真一の指揮=演奏は、会場を圧倒した。審査員たちは、ほかの2人の演奏を待たずに、最優秀賞の評価をつけることになった。