映画『策謀のシナリオ』(2004年公開)はフィクションで、エスパーニャのバルセローナで連続して起きた絵画強奪事件の物語だ。原題は Art Heist で、直訳すると「美術品泥棒」。ハイストとは「窃盗」「強盗」または「窃盗犯」「強盗犯」という意味だ。映画の物語に合わせて訳すと「絵画強盗」ということになる。
『策謀のシナリオ』という邦題は、なにやら政治スリラー風で、一見したところ美術品強盗をめぐる物語とは程遠い印象を与える感じがする。そして、「策謀のシナリオ」という題名のため、物語展開の早い段階で、誰が犯罪の首謀者かネタばれしてしまうような気もする。
ここで策謀とは、絵画の名作を欲しがり重大な犯罪を犯してでも手に入れようとする者の陰謀画策ということになるのだろう。
とはいえ、古典的な傑作絵画の価値は二重の意味をもつ。ずなわち一方では、絵画芸術それ自体としての美的な意味、作品価値あるいは歴史的価値をもつことになる。他方では、高価な商品としの価値――評価額、取引き価格――をもっている。
この二重の性格から、違法に奪ってでも絵画を手に入れようと企む輩もまた二重化する。つまり2つのグループに分かれる。一方には、絵画を盗み出して誰かに高く買い取らせようとする者、要するに絵画泥棒がいる。他方には、盗難品だろうが何だろうが、欲しくてたまらない絵を大枚を払って買い取ろうとする蒐集家がいる。場合によっては、大金で絵画泥棒を雇って盗み出させて手に入れようとする大金持ちの蒐集家もいるかもしれない。
絵画泥棒はいわば即物的・金銭的な欲望に駆り立てられるとういう意味では、話は割合に単純だ。むしろ、絵画の美術的価値や作品性の魔力に魅入られて違法に蒐集しようとする蒐集家の欲望の方が、始末におえないかもしれない。
見どころ
芸術の世界では作品や創作者の周囲でさまざまな人びとが動き、結びついている。つまりさまざまな取引、さまざまなビズネスが成り立っていて、金銭や報酬のやり取りがおこなわれている。絵画美術の世界でも同様だ。
そして絵画が高価の資産価値をもつ限り、その所有は富や権力の象徴――ステイタスシンボル――となる。それをめぐって手に入れるための獲得競争がおこなわれる。争奪戦が繰り広げられる。駆け引きもあれば、宝石と同じように強奪などの犯罪の対象となることもある。
つまり、美や技巧の素晴らしさ、芸術的価値の鑑賞の対象というよりも、自分の富や地位・権力の誇示のための手段となるのだ。こうして絵画をめぐって欲望と策謀とが入り乱れることになる。
この物語では、まず高価な絵画を蒐集する富豪や金持ちが登場する。より価値の高い絵画をより多く所有しようと欲する彼らは互いにライヴァルとなっている。
次に、絵画取引のエイジェント。彼らは、金持ちの蒐集家のアドヴァイザーとなって、より芸術価値の高い作品をより有利な条件で入手するための情報や方法をスポンサーに提供する。だが画廊の経営者ではない。むしろ絵画に関する情報のアナリストと言った方がいいだろう。この物語の主人公はこの職業に就いている女性だ。
彼女は将来、美術史の研究あるいは絵画美術の評論で身を立てたいのだが、厳しい競争の世界なので、いまは絵画売買のエイジェントないしアナリストとして収入を得ている立場だ。
そして3番目に職業画家でありながら美術大学――大学の学部課程修了者のための専門学校(大学院)のようだ――で絵画の技法を指導する教授が登場する。
さらにに美術大学の学生で職業画家を目ざす若者たち。
最後に絵画強盗団。彼らは高額の報酬で雇われた者たちだ。
この映画作品は、高価な名作古典絵画の取引きをめぐる世界の仕組みの一端と、このように絵画にかかわる人間たちの職業や立場、利害関心や欲望のありようを描き出している。