その日から、2人はしばしば学校の帰りに道場で稽古するようになった。早苗としては、強引でときどきムキになることがある香織の「まっすぐな剣道」に強く惹かれたようだ。つまり、香織と稽古することで、自分の中の何かが開眼していくような、大事な何かが得られるように直感したのだろう。
香織としては、一度自分を鮮やかな面で破った早苗が本気で戦う姿勢を引き出そうと意識しながら、付き合っているつもりのようだ。「あたしに勝ったお前が弱いままでいるのは許せねえ!」と言いながら。
だが、香織も直感的に早苗の剣道に自分にはない大事なものを見出したとも言えるだろう。 こうして2人のあいだに「友情」ともいうべき関係・絆が育っていった。
「趣味は剣道以外にはない」と言い切り、「普通の女子高生」の生活にまったく関心がない香織に対して、早苗は「普通の女子高生」としての生活を経験させようと努力する。たとえば、
「剣道の修行の一環」と称して、ゲームセンターやケーキバイキング――――などに香織を誘った。ケーキバイキングというのは、食べ残しを許さない「食べ放題」で、5〜6人前くらいのケーキとパフェを平らげるのだ。田舎おやじから見ると、まるで拷問にも近い恐ろしい挑戦だ。
さらに、照れていやがる香織を誘い込んでプリクラのツーショット写真に収まったり……。
あるいは、街中のショッピングセンターで洒落たハイヒールサンダルだかオープンパンプスだかを一緒に買いにいった。そして、「女性らしい」履物を履くのに照れているのか、面倒くさいのか、ともあれ拒否する香織に無理やり履かせようとする。だが、香織は歩きにくい履物を脱ぎ捨てたまま素足で歩いていってしまう。
そんな香織を追いかける早苗も素足になって、いっしょに板張りのプロムナードを歩いたり……。そのとき早苗は板張りの回廊を素足で歩く快さを知った。
こういうシーンは、「普通の女子高生」の青春譚のようだ。
照れたりしながらも、香織はそんな早苗との付き合いを続けている。自分には「あいつを強くするためだ」と言い聞かせているのだが、剣道まっしぐらで融通が利かないというか強面の香織とこれだけ打ち解けて付き合ってくれる女の子はこれまでいなかったので、新鮮な体験だったはずだ。
「孤高の求道者」たらんとする香織だが、やはり仲間がいるのはうれしいことなのだろう。何かとつきまとうように接近してくる早苗を追い払うことはない。
とはいえ、それでも意見がぶつかり合うことはある。早苗が質問しながら、自分の考えをぶつけてくるのだ。
たとえばある日の放課後……
「誰よりも強くなりたい」と勝ちにこだわる香織に早苗は問いかけた。「自分より強い相手が現れたらどうするの?」
「そいつに勝つ。もっと強い相手がいたら、そいつにも勝つ」
「じゃあ、自分が一番強くなったら?」
「そのときは剣道をやめるかもしれない」
「それじゃあ、つまらないと思うけど……」という風な具合だ。