ともあれ、早苗は基本的に――性格がよく似ている――父親が好きだ。両親の再婚は悪い話ではない。家族で一緒に暮らせるようになる、と前向きに考えた。
そのついでに、早苗は最近の悩みを相談したが、ちんぷんかんぷんの迷答が返ってきた。
「あー、時間を無駄にした。お父さんに相談するんじゃなかった」と香織は帰りかけた。
そんな香織の背中に向かって父親はアドヴァイスした。
「絶対に負けない方法、勝ち負けを恐れなくなる方法を教えてやる。
剣道が好きだっていう気持ちと負けるのが怖いっていう不安を天秤にかけるんだ。それで、好きだっていう気持ちの方が重ければ、もう剣道をやるしかない。負けても平気だ」
父親のアドヴァイスを聞いたそのときには納得したわけではなかったが、早苗の気持ちを言い当ててもいた。
要するに剣道を始めた頃の初心に帰るということなんだろう。「好きこそものの上手なれ」だ。好きだから続けるというのは、最大の才能である。
さて、早苗は、家に帰って姉とともに母親を問い詰めたところ、父親と再婚して福岡に移住する計画になっているという。だが、娘たちに言いだす機会を見出せず、これまで言えなかったのだという。
そうなると、転校するのだから東松学園の剣道部とも間もなくお別れだ。そう思うと、早苗は心の踏ん切りがついた。
翌日の部活で早苗は「円陣稽古」を村浜に申し出た。
「この時期に円陣をやると、オーヴァーワークになる」と村浜は躊躇したが、早苗は「気持ちに踏ん切りをつけるためにどうしてもやりたい」と頼み込んだ。
円陣稽古とは、一人を囲むように部員たちが円陣を組んで並び、次々に受け手として中心の一人に対峙して打ち込み稽古をさせ続けるものらしい。
円陣の中心にいる一人は休むことなく打ち込みを続けるから、相当にしんどいだろう。
息が上がり、足がもつれて何度も倒れ込む早苗。その姿を、部活の稽古の様子を覗き見ていた香織が見つめていた。
その夜、早苗は「果たし状」を書いた。それを翌日の授業の休み時間に香織に手渡した。竹刀を持って戦って総灰の決着をつけよう、というのだ。
「私が勝ったら、磯山さんは剣道部に戻るのよ。約束したからね!」