一方、団体戦レギュラーを外された香織の代役として先鋒に加えられた早苗も悩み始めた。一方で、勝つことの喜びとか真剣勝負の醍醐味にも魅せられながらも、団体戦のメンバーとしてティームを勝ちに貢献しなければならないという責任を感じ始めた。
今度は負けることが怖くなった。これまでのように勝敗にこだわらず、楽しく無心で剣道に臨むことができなくなってしまった。
早苗の剣道は「負けない剣道」だ。あくまで基本に忠実に、勝ちを求めずに身体に無理・無駄な力が入らない姿勢で、相手の攻撃を捌きながら間合いを保つ。そして、相手の隙を見逃さずに打ち込む。
香織から見ると、早苗の攻撃は「基本に忠実で、勝ちを意識せずに、無駄な力が抜けた素晴らしい打ち込みだ」ということになる。
だが、ティームのために勝ちを求められ続ける場面での試合にどう臨むべきか。 勝たなければならない。勝たなければならない剣道。……というわけで、早苗は最近、剣道が楽しくなくなっている。
勝たなければと思うと足がすくんだり、迷いが出てしまう。その結果、稽古の練習試合では打ち込まれて負けてばかりだ。
このまま香織が剣道をやめてしまうかもしれないという心配も抱えていた。こうして剣道が楽しくなくなってしまった。早苗もスランプに落ち込んでしまった。
一方、香織も深い悩みから抜け出せないでいた。自宅の自分の部屋で悶々としているとき、早苗が押しかけてきて、ドア越しに話しかけてきたが、会話を拒否して追い返してしまった。早苗としては、香織がいない部活は面白くないし意欲がわかないので、香織と一緒に稽古することでそれぞれの悩みを解決する方向を見出そうとしたのだ。
早苗からすると、香織は腹を割って悩みを打ち明け合ってともに励み、一緒に悩み(課題)を解決していく仲間なのだ――そうあってほしい。ところが香織としては、心の深いところでは早苗と同じような気持ちになってきたものの、これまで剣道仲間は戦って勝つべき対戦相手としてしか接してこなかったので、悩みを打ち明けることはできない。
そんな落ち込んだ機敏でいるとき、早苗の携帯電話にコールが入った。表示された発信元は、何と半年以上も行方不明になっている父親だった。
父親は早苗と会いたいと要望し、近くのファミリーレストランで待ち合わせて会うことにした。
早苗がそのファミリーレストランに入って着席すると、店員が注文を取りにやって来た。変な店員だった。それは何と父親だった。
父親はこのファミリーレストランでアルバイトをしているのだという。
事実上の破産状態に追い込まれて家族を捨てて出て行ってしまった父親だったが、元来が能天気で楽天的な性格なのだ。性懲りもなく、ふたたび奇妙な先端技術の研究開発に取り組んで、いま「成功の一歩手前」まで来ているという。
そうなると、捨ててきた家族が恋しくてならない。で、近所のファミリーレストランでアルバイトして、元の妻や娘たちに再開するチャンスを狙っていたらしい。
そんな父親はとんでもないサプライズを口にした。
「お父さんが研究開発した技術に出資てくれるスポンサーが現れて、近々、福岡で研究職に就くことになった。それで、母さんと連絡を取り合って『再婚』することになったんだ。
お前たちと一緒に福岡で暮らせるようになるんだ。仲良し家族を回復するぞ!」
えーっ、お父さんとお母さんが再婚するうえに、福岡に引っ越すことになるの!?