ところで、この「大芝居」にはNASAと軍部が案出した地球帰還の結末のオチが、ちゃんと段取りされていた。
衛星の着陸軌道のプログラム=方程式には、公表された当初の着陸(海洋への着水)地点よりも200マイル近く離れた地点が設定されていた。3人の宇宙飛行士たちは、8か月後、その地点の近くまで行って待機し、衛星が着水後、ただちに支度をして乗り込み、回収作業ティーム(テレヴィ局を含めた中継映像班を引き連れての)の到着を待つことになっていた。
何と用意周到ではないか。さすが、国家装置の優秀な構成員たちが知恵を絞っただけのことはある。
巨大な建物のなかに設置された映画セットのなかで、火星着陸後の船外活動の場面の演技と撮影が始まった。
火星の地表は赤褐色の砂に覆われていた。そして、衛星と飛行士たちの遥かかなたの空もやはり、地表と同じように赤褐色だった。この背景とセットのなかでブルベイカーたちはぎこちない動きをした。が、それは逆に真実味を高める効果を発揮した。
とはいえ、このシーンは、火星の地表についての現在の科学知識から見ると、偽りであることが明白だ。空の色が、火星探査衛星の調査によるものとかなり違うからだ。いまだから、後知恵的に言えるだけのことだが。
もし、このプロットでNASAの「ごまかし」が成功したとして、その20年後に、科学の進歩の結果その虚偽がばれたとしたらどうだったろう?
成功の栄光と名誉が誇張され、歓喜に沸き、国家の祝賀行事もおこなわれるだろう。その事実が、真っ赤な嘘だった。その方がずっと、衝撃が大きいし、おそらく世界的なスキャンダルになるだろう。
この映画では描かれないが、無人の衛星は、どのような動きをしたのだろうか。飛行士の搭乗ができないだけであれば、ちゃんと火星に着陸し、予定時間の経過後に地表から飛び立ち、火星重力圏の周回してから地球に向けた軌道に乗るのだろうか。映像物語の展開からすると、おそらくそうなのだろう。
さて、地球に近づいた衛星からの映像が地球に送られ、飛行士たちの家族との会話という感動的な場面が演じられることになった。飛行士たちは強い威嚇を受けながら、内心は大きな葛藤と屈辱に揺れながら、「しらじらしい気分」で、妻たちと対話をすることになった。
ただ、ブルベイカーは、もし自分たちに危険や危害が迫った場合に、いずれ事件を第三者が嗅ぎつけ探索することができるような「ヒント」を会話のなかに織り交ぜた。
映像は連邦全土のテレヴィ局が「生中継」した。こうして、火星着陸の成功という偉業を成し遂げた飛行士たちと彼らを支えた家族の愛情が描かれる感動的な場面が、アメリカ市民、そして中継を受像する全世界の人びとの目に焼きついた。