ピエールは美少年だった。だが、教師たちは「天使のような顔つきをした悪魔」と呼んでいた。粗暴さとツッパリ度合いは群を抜いていた。
彼は、クレマンの前では合唱団に興味がない振りをして冷笑的な態度を保っていた。
そんなピエールの母親、ヴィオレットがある日突然、息子に面会に来た。彼女は、いかにも美少年ピエールの母親と言えるほどの美貌だった。
決められた面会日――保護者の訪問と面会が許可される日――ではなかった。しかも、その日、ピエールは悪戯を理由に懲罰房に閉じ込められていた。
ヴィオレッタへの応対に出たクレマンはピエールの名誉を保ち、母親を悲しませないため、ピエールが懲罰房に入れられていることを隠して、「歯痛で歯科医のところに診療に行っているので、今日は会えない」と説明して、ピエールに渡すはずの荷物を預かった。そして、次の訪問は面会の日にしてほしいと告げた。
そんなこんなで、クレマンはピエールと意思疎通する機会をつくり出した。というのも、ピエールは、誰もいない教室で楽譜を見ながらソプラノ部を歌っていたを見たからだ。見事なボーイズソプラノで、見事な音感だった。楽譜を正確に読む能力――楽譜通りの音程の歌唱と適切な表現方法――を身につけていた。
クレマンはピエールに合唱でのソプラノ部(独唱部)をあてがった。ピエールは合唱団に自分に場所を見出した。
音程が正確な美声のソプラノ部ができたことで、合唱隊のハーモニーの核ができ上った。これによって、合唱の水準は一気に高まった。
しばらくしたある日、「池の底」学校に「札付きの問題児」とされた少年、モンダンが転入してきた。
彼は、これまでもっと厳しい矯正施設にいたのだが、ある精神科医の仲介で「池の底」で教育を受けることになったのだ。
モンダンは彼自身の素行に問題があったのだが、それ以上に周囲の大人たちから実際以上に悪く曲解・評価されてきた。つまり、周囲のおとなの側に著しい偏見と先入観があったのだ。
モンダン自身も、そういう大人の評価・差別に反発して、さらに反抗や非行を繰り返すことになったらしい。
モンダンが加わってから、この寄宿学校ではいろいろとトラブルが続いた。
モンダンは教室でこれ見よがしに喫煙したり、授業を抜け出したり、教師に逆らったりという行動を繰り返した。そして、教師からは見えないところで、ペピーノたちを脅して金を巻き上げた。教師の時計を盗んだりもした。
しかし、やがて悪行は発覚した。
モンダンは懲罰房に半月入れられることになった。
クレマンは、体の大きいいモンダンの声(低音)が素晴らしいのを知って、合唱団のバリトン部に加えた。だが、機会を見つけては、モンダンは抜け出したり、逆らったりした。