コナーは汽車で収容所に向かった。そして、一番近い鉄道駅まで迎えに来た運転手の女性兵士から、この1年間くらいの収容所の様子を聞きだした。情報部から受けた情報と合わせて考えると、シュリューターに指導されたドイツ兵捕虜は脱走を企図していると見て間違いない、と判断した。
さて、収容所に着任したコナーは、ペリー少佐から説明を受けた。ガチガチの権威主義者というか形式・規則一点張りの少佐とコナーとは、思考スタイルや行動スタイルが違いすぎるようだ。
この少佐の杓子定規の姿勢が、なおのこと、捕虜たちの巧妙な抵抗や反抗の余地を広げているらしい。コナーはやりにくい環境を覚悟した。といのも「規則なんかくそ食らえ」というのが、コナー大尉のスタイルだからだ。
コナーはさっそく、居留地内の視察したいと申し出た。ペリー少佐は気に入らなかったが、コナーが「情報収集のために」と言い出すと、しぶしぶ認めた。が、先日の騒動で懲りている少佐は、「では、自分の責任で視察したまえ」と突き放した。要するに、官僚的な態度(事なかれ主義)で、自分の責任になりそうな条件は取り除いてしまったわけだ。
コナーはコックス曹長をともなって、居留地内に入り込んだ。もちろん、武器は携行していない。
まずは、捕虜が野菜を栽培している菜園に行ってみた。株が大きく育っていた。コナーはその1個を土から引き抜いた。そうしながら、菜園の土壌の成分を調べてみた。
新任の士官が来たことを知ったシュリューターは、居住するヒュッテ1号棟のドアの近くに腰を下ろした。そして、側近たちに目で合図した。新任士官の動きに注意しろ、捕虜たちを集めて士官の後をついて回って圧力をかけてみろ、という指示だった。
シュリューターとしては、圧力をかけてみての反応で、どんな性格の士官なのか、今後どう対処すべきか考えるつもりだった。
あっというまに、コナーの背後には、捕虜の群集の一団がつきまとうようになった。コナーとしても、捕虜集団がどういう動きを見せるかを調べようとしていた。で、途中からコナーが早足になると隊列も早足になった。まるで、兵団の行進のようになった。
とかくするうちに、コナーと群集は、ヒュッテ群を一回りして、シュリューターのいる1号棟の前に来た。コナーは抱えていたカブをシュリューターに放り投げた。そして言った。
「野菜の育ちはいいようだな。土がいいからな。トンネルを掘った土を撒いているのかね」
「トンネル?! 脱走なら、もっといい方法を考えるさ」とシュリューターは答えた。だが、一瞬、目の色が険しくなった。いきなり、こういう質問で腹を探りにくるとは、なかなか大胆なヤツだ、と。
「顔見せの視察」を終えたコナーは、鉄条網の外に向かった。そのとき、ペリー少佐が拡声器を使って、捕虜たちに明朝の予定を伝えた。
「明朝の確認点呼の責任者はコナー大尉だ。その点呼のときに、コナー大尉が選んだ25名の士官に手錠をかけることになる」と。
さっそく、責任転嫁だ。あくまでも手錠作戦を実行しようとするのだが、今度は自分の手を汚さずに済む方法を使うというわけだ。ついでに、新任大尉(副官)の「お手並み拝見」というわけで、成功すればそれはそれで自分の指導の成果とし、失敗すれば大尉の弱みを握ることになる。
軍人官僚の考えそうなことだ。