翌朝、捕虜全員の集合・点呼が始まろうとしていた。
シュリューターに率いられたドイツ兵集団は、「手錠作戦」に徹底抗戦するつもりだった。一方、コナーはシュリューターに一泡吹かせるために、消防放水車を用意した。
コナー指揮下の3個小隊が居留地への進入を開始した。捕虜たちも群集をなして、ぶつかってきた。いたるところで、双方の乱闘、騒乱が始まった。しばらくすると、コナーは居留地に消防放水車を入れて、ドイツ兵に向かって放水を始めた。強い水圧の放水が、抵抗するドイツ兵たちを次々になぎ倒し、押し戻していった。
シュリューターたちはノズルの1つを奪って反撃したが、ホースの水圧を下げられ、逆に強い放水の集中放水を浴びて、ついに降参した。怯んだドイツ兵に向かってブリテン兵たちが襲いかかり、拘束し、あるいは鎮圧していった。
なかでも、シュリューターはブリテン兵の目の敵されているようで、2人組のブリテン兵によって殴る蹴るの攻撃を受けた。コナーは暴行をすぐに止めさせて、ブリテン兵の隊列に2人を戻すようにした。
だが、シュリューターは、彼を殴っていたブリテン兵士2人が自軍の隊列に戻るのを見て、ほくそ笑んだ。
じつは、彼らはブリテン兵に扮装した捕虜のドイツ兵だったのだ。ウーボート乗りで、シュリューターの腹心の部下の2人を収容所から脱出させるために、ブリテン兵の制服・ヘルメットを着せて、撤収するブリテン兵の隊列に紛れ込ませたのだ。
コナーに「してやられた」振りをして、2人を収容所の外部に逃れさせたわけだ。コナー大尉が捕虜に対する優位を見せつけるためにするであろう方法を読み切っていて、それを利用して脱出作戦を進めたのだ。
脱出した2人は、収容所を流れる小川沿いに逃げて、無線でナチスの潜入スパイと落ち合った。そして、このあと脱走するはずのの26人を運搬する偽装トラックと警察用バイクを調達する任務を帯びていた。
このトラックは「危険! 爆発物」という警告表示を荷台の外装に掲げたもので、軍のために軍事物資を運搬するかのような偽装を施していた。そして、安全な通行を誘導するためにバイクの警官が先導する形をとっていた。
収容所に残るドイツ兵たちは、翌朝の点呼のときに、マネキン人形を使って脱出した2人があたかもまだいるかのように偽装した。点呼はドイツ兵の自主性に任せられているような、いい加減なものだった。細部について、ブリテン兵の監視は届いていなかった。