ヒトラーの雁札 目次
ベルンハルト作戦とユダヤ人狩り
見どころ
生き残った小悪党の回想
収容所内での差別と格差
贋札製造のユダヤ人たち
ベルンハルト・プロジェクト
ポンドからドルへ
巨額決済の経済的な意味
残された贋札
ベルンハルト作戦の結末
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諜報機関の物語
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コンドル

ベルンハルト・プロジェクト

  ナチス・ドイツ諜報機関による贋札発行作戦は、通称として「ベルンハルトの企図 Aktion / Unternehmen Berhard 」と呼ばれる。「正規の作戦」というよりも試行的な「秘密作戦」「影の作戦」であって、あのナチスですら外聞を憚るような醜悪な謀略だった。
  実行の主体は「帝国保安総局 Reichssicherheitshauptamt :RSHA」で、長官がハインリッヒ・ヒムラーであることから一般にはゲシュタポ( Geheime Staatspolizai :国家秘密警察)と同一視されているが、名目上、帝国保安総局はゲシュタポを統括する上位の国家装置である。

  ナチス党指導部は権力を掌握すると、公式の政府・軍組織の上位に党組織を置いたうえに、軍組織と党組織とを――立法手続き向きの政治命令・行政命令だけで――融合させてしまい、とくにハインリッヒ・ヒムラーにあっては親衛隊SSをつうじて軍組織・警察組織を私兵集団として運用した。そのため、国家装置の組織系統・指揮系統がきわめてわかりにくい。
  結局のところ、ナチス指導部は政府や軍などの国家装置=政府組織の上位に党指導部とその付属機関を置いて、とりわけ軍と武装警察組織を思い通りに動かすために親衛隊SSを指揮系統の中核として位置づけていた。
  ただし、帝国陸軍・海軍組織で正規のキャリアを経た軍の幹部はSSの介入を嫌っている場合が多かった。というのも、1940年以降、軍参総謀本部を牛耳るヒトラ――正規の軍事教育をまったく受けていない――の作戦命令は、現実の戦況を理解していないために、かなり混乱している場合が多くなったからで、専門の軍人として指揮官が判断に悩み躊躇していると、さらに状況を無視してSSを派遣してナチス幹部の命令を強引に実行させたからだ。

  ナチスは軍の幹部を言いなりに動かすため、彼らの家族(妻や子、親、兄弟など)を人質としていた――反逆者の家族は全員処刑となった――ので、軍幹部は最後には仕方なく作戦命令に従うしかなかった。

◆アンドレアス作戦からベルンハルト作戦へ◆

  さて、ベルンハルト・クリューガーが指揮する贋札印刷作戦は、ブリテンに潜入していたSSの工作員からの情報をヒントにしたという。かつてブリテン領植民地のインドで贋ポンド紙幣が使われて大混乱が起きた事件(1925年)の新聞記事から、ブリテンの戦争政策を支えているポンド通貨の流通に混乱を与えれば、ブリテンの軍事力を弱めることができると考えたらしい。
  1939年にブリテン軍情報部がナチス・ドイツが贋ポンド札発行の謀略を構想しているという情報を察知して、対抗策を練り始めたということなので、ドイツ側では1930年代末にはブリテンの紙幣の偽造計画を構想していたのだろう。
  最初のうちはナチスはこの作戦の暗号を「アンドレアス作戦 Aktion Andreas 」と呼んでいた。ブリテン国旗「ユニオンジャック」を構成する部品のうち、イングランド王室旗「聖アンドレアスの十字架」――斜めに交差する白地の十字架――を攻撃の標的にするからだという。

  それが1942年に実行に移された際には、ベルンハルト・クリューガーが指揮したので「ベルンハルト作戦」となったということらしい。
  作戦開始のきっかけは、1つ目としてドイツ側にとっての戦況の悪化で、どんな手を使ってもブリテンの継戦能力に打撃を与える必要性が高まったことだ。2つ目としては、強制収容所に収容したユダヤ人のなかに優れた技術や技能をもつ印刷工(原画作成技師とか製販工など)がいて、彼らがブリテン造幣局よりもはるかに高い印刷技術を担っていることを把握したことだ。

  しかし、ブリテンの金融財政に痛撃を与えるほどに大量・巨額のポンド紙幣を印刷しても、それをブリテン帝国ないしは世界市場の通貨流通過程に秘密裏に一挙に投入する方法については、深く検討していなかった。巨額のポンド紙幣の大量投入には、大規模な取引の代金支払いなどの債務決済というような「根拠」が必要で、そんな取引き事実を捏造することはほぼ不可能だろう。そういう大きな取引には必ず名のあるブリテンの大企業契約相手となるや媒介する大銀行があるはずで、それらによる信用調査が入るのだから。
  してみれば、それはきわめて底の浅い作戦構想で、それは政略や軍略に関して高度な専門的訓練を経たエリート出身幹部がいない――いわば「成り上がり」「落ちこぼれ」ばかりの――ナチスにつきまとう弱点なのだが。

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