父親たちの星条旗 目次
政治の手段としての戦争
見どころ
あらすじ
「誤算」の日米開戦
日本の海軍の無能さ
真珠湾攻撃
軍産複合体
戦争の「悪夢」
山頂の6人
山頂に星条旗を掲げる
戦時公債キャンペイン
事実 truth とは何か?
アイラの脱落
それぞれの人生
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史上最大の作戦
パリは燃えているか
グリーンゾーン
戦艦ビスマルク撃沈

真珠湾攻撃

  日本帝国海軍の連合艦隊による真珠湾奇襲は、それ自体としては、つまり局部的・瞬間的・戦術的には「大きな成功」に見えた。だが、国家間の力関係についての政治的判断あるいは(長期的)戦略的視点から見れば、ものすごく巨大な失敗だった。つまり、敵が何者かを知らずに戦いを挑んだのだ。
  開戦にいたる日本の資料や天皇を交えた御前会議の記録を読むと、日本海軍の戦略的発想は「短期的決戦」=奇襲攻撃で――アメリカの海洋軍事力に大きな打撃を与え――太平洋をめぐる軍事的力関係を変えて、講和に持ち込むというものだったようだ。
  緒戦で敵の戦力を撃滅して講和に持ち込む――アメリカの経済力=工業力=軍事力の大きさを知る天皇が、まともにやり合って勝てる相手ではないことを指摘したときに、軍部がそう答えたのだ。

  だが、今から考えれば、この短期決戦、奇襲攻撃による先制の作戦は、そこで戦争が終わらず長引く場合の戦略について何の判断材料をも持ち合わせていないという軍首脳部の認識の浅さ、戦略の欠如の裏返しの表現であることがわかる。
  そして、日本海軍(連合艦隊)の知的側面における無能や戦争を体系的に理解する能力の欠如が浮かび上がる。
  中国東北部〜東南部や東南アジアへの無謀で強引な侵略と戦線の拡大で、日本を泥沼の長期的戦争に引きずり込んだ日本陸軍の無能ぶりについては、多くの批判的分析が加えられてきた。だが、海軍の無謀、無能力ぶりもまた、目も当てられないほどひどいのも確かだ。
  というよりも、当時の日本の軍部や政治指導部には、単なる軍事的単位としてではなく国家としてのアメリカの総体的力量とか行動スタイルについて、ほとんど有効な知見はなかったように見える。というよりも、正しい知見は無視され排撃されたというべきか。

  当時、真珠湾は太平洋へのアメリカ海軍の前線基地であり、太平洋艦隊の主力艦の補給基地となっていた。それゆえ、奇襲で主力艦を破壊すれば、太平洋での海洋軍事力における当面の力関係は日本に有利になると見られていた。
  ところが、おりしもその頃、アメリカ海軍の艦隊編成のあり方や戦闘艦艇の設計思想において、大きな転換が始まろうとしていた。
  その1つは、戦艦を中心とする艦隊決戦によって海洋権力での優位を得るという戦略はどんどん後退し始めたことだ。海戦に航空戦力を持ち込むために航空母艦を中心とする艦隊を主力とすべきだという戦略思想が優越してきたのだ。
  2つ目は、戦艦それ自体の設計思想が変化していたことだ。艦体の構造とか航続能力とか戦闘能力などについて技術革新があったのだ。それは、既存の戦艦や巡洋艦を時代遅れのものとした。


  いずれにせよ、海軍の主力艦と艦隊編成は転換しようとしていた。だが、深刻な金融恐慌と長引く不況から立て直すために大規模な国家財政支出を続けてきたアメリカでは、連邦国家財政が深刻な危機に直面していた。そのために、市民の厭戦気分も広がり、膨大な支出を必要とする海軍の再編成などに回す資金は枯渇していた。
  だから、真珠湾には、旧来型の老朽艦を主力とする編成の艦隊が配備されていた。ことに戦艦は設計思想から見ても、海洋戦略から見ても、いつ退役=スクラップ化にするか、海軍当局が頭を悩ませていたところだった。
  他方で、新型の戦艦の設計と建造も試験的に始まっていた。その艦体は、日本の戦艦大和や武蔵に非常によく似ていた――艦体の長さはアメリカ艦の方が10メートルほど大きい。やがて日本が無条件降伏文書に署名する場となる戦艦ミズウリを典型とする戦艦だった。日本の戦艦大和や武蔵とよく似た構造だった。

  というわけで、日本は奇襲攻撃で、真珠湾に係留されていた――平和が続けばやがて老朽艦としてスクラップ化するはずの――戦艦などを破壊した。そのうえ、間の悪いことに、やがて太平洋で航空機動力を担うはずの航空母艦は、あらかた出払っていた。
  つまり、日本海軍は、スクラップ化したくても海軍当局が手が出せないでいた老朽艦を撃沈・破壊したのだった。とはいえ、艦艇には多くの水兵や将官などが乗っていたから、人的損害の大きさははかりしれなかった。

  アメリカ国内では日本の奇襲攻撃(宣戦)に対して多くの市民が憤り、当面の戦費のための国家財政の支出が認められ、政府の「愛国心」を掲げたキャンペインも成功してそれなりに連邦公債も売りさばくことができた。
  財源を得た海軍は新型戦艦や最先端の航空母艦を次々に建造し、大量の戦闘機・爆撃機の開発・製造が開始された。
  というわけで、日本海軍の真珠湾攻撃は、アメリカ市民の憤りを招き愛国心を鼓舞する火つけ役となり、全面的な兵器開発、軍備拡張への花道を用意したわけだ。
  日本軍部の「短期決戦」の思惑は崩れた。天皇への約束と説明はまったく無駄口となり反古となった。
  日本の軍部も政府も、アメリカという相手の軍事能力の実態、その背後にある政治意識とか、経済的能力などを正確に把握していなかったということだ。要するに、主観的な希望的観測の上に開戦作戦をこねあげただけだったのだ。

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