父親たちの星条旗 目次
政治の手段としての戦争
見どころ
あらすじ
「誤算」の日米開戦
日本の海軍の無能さ
真珠湾攻撃
軍産複合体
戦争の「悪夢」
山頂の6人
山頂に星条旗を掲げる
戦時公債キャンペイン
事実 truth とは何か?
アイラの脱落
それぞれの人生
おススメのサイト
戦史・軍事史関係
史上最大の作戦
パリは燃えているか
グリーンゾーン
戦艦ビスマルク撃沈

戦争の「悪夢」

  この作品が描く硫黄島占領作戦は、太平洋戦争のほぼ最後の戦闘局面である。
  洞窟や塹壕に潜んで「玉砕戦術」に出た日本軍に対して、物量と破壊力に物を言わせて撃滅作戦を開始したアメリカ軍ではあったが、彼らからすれば、狂気に駆られたように自殺的防衛戦を敢行する日本兵は、まさに恐怖の対象だった。
  今では葬儀会社の社長となっているブラッドリーは、当時衛生兵だった。あの悲惨な激戦から60年が経過した。戦争後にビズネスで成功したのだが、今でもたまに、あの硫黄島の戦場が脳裏によみがえり、それが悪夢となって彼の安眠と心の平穏をかき乱してやまない。
  ブラッドリーは独白する。
  「戦争がどういうものかわっかたつもりでいるのは、愚か者だ。そういう愚か者は、実際に戦場に行かなかった者に多い。
  正義の側と邪悪の側の対決という単純な構図は、そこには存在しない……」と。

  殺戮と破壊、恐怖と苦悩、苦痛に満ちた戦場。
  ブラッドリーは衛生兵として、闘いで傷つき苦痛にうめき恐慌をきたしている兵員の手当、苦痛の除去――鎮痛剤や沈痛麻酔薬の投与――や延命措置を休む暇もなくおこなった。まさに彼が目にしたものは、戦争・戦場の最もひどい苦痛と悲惨に満ちた場面だった。多数が手当てのかいもなく死に、手足を失っていった。
  ところが、戦場で実際に怯え苦悩し傷ついた者たちとは別の次元に――しかも同じ国のなかに――戦争を指導した政治とメディアのアリーナがある。このアリーナでは、戦争報道はことごとくがプロパガンダ政策によって脚色される。ことに国家指導者たちによって。


  政府の各部門やマスメディアも、よってたかってプロパガンダの波に乗っていく。
  彼ら政治指導者にとって、政治の手段のひとつとしての戦争とは国家財政の問題であり、連邦の経済全体をどこに誘導するかという産業政策ないし経済運営の問題なのだ。
  メディアを利用して戦争を単純な「善と悪との対決」の構図に持ち込むことで民衆の意識を漠然とした愛国心や敵慨心に誘導し、政権への支持を取り付け、戦費公債をたんまり購入してもらう。そう、政府首脳にとって民衆とは、正論を捜査・誘導すべき対象なのだ。
  「邪悪な日本軍に挑む正義のアメリカ兵」「戦場の英雄」といった「単純な偶像」を民衆に向けて発信する。こうして民衆は、この戦争の「本質」を理解したつもりになる。
  愛国心や敵軍への憎悪の感情の高まりのなかで、長引く戦時経済の息苦しさや高い税率への不満や疑問が、しばらくどこかに追いやられる。そして愛国心の象徴として「戦時公債買入れ」がブームとなる。政府財政の危機はひとまず回避される。
  これによって、肥大化する連邦の国家財政の構造を転換し、産業全体の活性化をもたらす、というわけだ。

  とはいえ、政財官界のリーダーや軍の首脳らは、「軍産複合体」を形成しようと意図していたわけではない。戦時経済と戦時需要が誘導した経済発展と戦時の国家装置の仕組みが、いつのまにか、そういう構造を国家と経済の中核につくり上げてしまったのだ。
  というような構図をこの作品は、冒頭でスケッチしてみせる。
  スケッチの象徴と典型は、硫黄島の丘に星条旗を突き立てて掲げる数人の若者たちの写真だ。日本軍を殲滅して制圧した山に合衆国の旗を掲げる。まさに正義の勝利のシンボル的絵柄だった。
  だが、そこに姿が映っている当時の若者たちは、自分たちを英雄とは思わなかった。むしろ、戦場の恐怖と苦悩にさいなまれていた。そして、自分たちの意図に関係なく「英雄の役割」を押しつけ強要する軍や政府、そしてメディアの力の大きさに怯え身をすくませることになった。
  若者たちは、戦争という巨大なメカニズムのなかに小さな歯車として押し込まれてしまったのだ。

  だが、彼らは、その写真が実際の戦闘場面ではなく、政府の命令でメディア報道用に演出してつくられたシーンだったことを知っていた。つまりメイキング(捏造)であることを知り抜いていた。
  その写真は、ある日のいくつかの朝刊に掲載されるや、たちまち連邦各地の有力紙に転載され、戦闘と占領の物語は事実から離れて独り歩きを始めた。
  写っていた若者たちも、自分の気持ちや意識とは切り離された政府の思惑通りの物語の道を無理やり歩まされることになったのだった。
  それゆえにこそ、当時、硫黄島で戦った若者たちのトラウマはさらに深くなり、そしてその後も心を苛むことになった。

  このような描き方からして、この作品は、圧倒的な迫力で描く戦場の場面よりも、それを背景に置きながら、政治の道具として利用されてういくうちにトラウマが深まり心に深い傷を追っていく若者たちの心理を描くことに重点を置いているといえる。

前のページへ || 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界