一帯の大地主でもあるボーモント家はヘイスティングズ近郊の広大な敷地の領主館に暮らしていた。
ヘンリーはグレータの収容隔離を免れるために、かかりつけの医者に大金と引き換えに、グレータには心臓疾患があるという偽の診断書を書かせていた。さらに、治安判事の地位を利用して、グレータがあたかもナチスによる迫害・暴虐から逃れるために渡英し、その後ヘンリーと結婚したという経過を記した報告書を政府に提出していた。
しかも、エリートとしての人脈を使ってロンドンの収容隔離者判定の委員会のメンバーと気脈を通じ、グレータは心臓疾患があるうえにナチスの迫害から逃れたという虚偽を押し通し、収容・拘束を免れさせていたのだ。
心臓疾患という虚偽の上にさらにナチスの迫害の被害者だという虚偽の事由を重ねたのは、グレータの家門――ハウプトマン家――がナチス・ドイツの支配階級(下級貴族)の有力なメンバーとなっているからだ。彼女の兄二人は、それぞれ親衛隊ならびにドイツ陸軍の有力将校だったのだ。そういう家系の事情を追い隠す必要から、虚偽に虚偽を重ねているのだ。
エリート階級・家門のあいだでは、支配階級としての特権と富、人脈を利用した、そういう「裏技」がまかり通っていた。
ヘンリー・ボーモントに協力した収容隔離委員会の主要メンバーは、そういう裏事情を十分承知していて、支配階級としての「よしみ」・親密さとして、そういう脱法行為を認めているわけだ。それはまた、有力者の間の影響力の「手形交換」であって、見返りを期待してのものであることは言うまでもない。
もっとも、現在もイングランド王位を保有し続けているウィンザー家はもともとドイツ・ハノーファー地方の大貴族だったので、イングランド王につくに際しては側近や家臣として数多くのドイツ貴族諸侯がブリテンに移住している。そういう背景から、第2次世界戦争時にも、とりわけ貴族階級にはドイツ出身者が多く、ドイツの有力者との交流・つながりも多かった。
だから、もともと同じ家門の出身貴族たちが戦場では、双方の軍の将官として敵味方に分かれて戦うということも珍しくなかった。当然、敵性国民=ドイツ人の収容をめぐっても、貴族や大金持ちは特権や人脈を利用して親族を収容や拘束から免れさせることもまままあったであろう。
それでは、戦時体制下の統制さえ捻じ曲げる力を保有したボーモント家の生活は順風満帆かというと、そうでもないようだ。
ヘンリーと前妻との間の娘、サラはすでに成人しているが、後妻のグレータとはそりが合わない。その理由の最大のものは、グレータがサラと法律家のマイケル・ターナーとの結婚に強く反対しているからだ。
サラとしては、グレータが結婚に反対する理由をこう考えていた。
先代のボーモント家の当主の遺言によって、ヘンリーの継承者、サラは結婚すると、家門の邸宅と土地の大半を父親を飛び越えて相続し、しかも信託財産となっている巨額の金融資産をも継承することになっている。そうなると、ヘンリーとグレータが自由にできる財産が激減することになる。だから、サラの結婚に強く反対するのだ、と。
さらに、先妻を亡くした父親が親子ほども年の離れた外国人の女性を妻にしたことについても気に入らなかったのかもしれない。
ともあれ、グレータとの確執もあって、サラはマイケルとの交際を深め、数か月後に結婚するという婚約を結んでいた。
それに対してグレータは、「何としても、この結婚は認めません」と言い張っていた。こわばったその表情の裏には、何やら因縁めいた理由がありそうだ。
そんな因縁――2人の女の確執――の中心にいるマイケル・ターナーは、ある日、ヘイスティングズの宿屋に立ち寄って、これまたいわくありげな表情をした宿屋兼パブの亭主に、宿泊賃としてはかなり高めの代金を支払っていた。イングランドでは、近代初期16世紀以来、伝統的にパブ――小さな飲み屋――は宿屋 inn を兼ねている。