翌日の真夜中、ヘイスティングズから西に30キロメートルほど離れたヘイルシャムで事件が起きた。
ブリテン政府食糧庁の倉庫から盗み出された食糧品の密売買の現場が、夜間パトロール中の本土防衛隊 Home Guard によって捕捉されたのだ。
そのとき現場では、政府の配給用食糧倉庫から食糧を盗み出したグループが買い手の3人組に食糧を手渡し、3人組は小型トラックに荷物を積み込んでいた。 防衛隊は密売買の一味の逃走を阻止するため数発発砲した。そのうち1発は一味も誰かに命中したらしく、1人が倒れ込んだ。だが、3人組は傷ついた1人をクルマに乗せて逃げ去った。
逃げ去った3人組のうち2人はまだ未成年の若者で、そのうちの1人、マシュー・ファーリーが胸部を撃たれていた。もうひとりはダニエル(ダン)・パーカーで、彼はマシューを担いで隠れ家の納屋に逃げ込んだ。
マシューは重傷だった。そして、苦しい息遣いで「医者を呼んでくれ」と頼んだが、犯罪者がそんなことができるわけはない。
ダンは血止めをしようと布をマシューの胸部に当てただけだった。
この2人を手下に雇って食糧品の闇取引をしているのは、近所の食料品店の店主、レナード・ホームズだ。レナードは手に入れた食糧品で大儲けしている。
戦時統制下であらゆる食品は配給制になっているが、配給で満足できない金持ちたちに高額を吹っかけて缶詰肉や高級ハムなどを「闇で」売り捌いているのだ。
ところが翌日、マシューは死亡してしまった。その夜レナードは、うろたえるダンをたしなめながら、2人でマシューの遺体を近くの森のなかに運んで埋めた。
レナードは店舗の二階にダンを住まわせ、手下として使っていたのだ。マシューはたまたまダンに誘われて初めて闇取引を手伝ったのだが、運悪く銃撃されて死んでしまったのだ。
さて、マシューが防衛隊に撃たれた翌日の朝、マシューの母親ケイトがヘイスティングズ警察署に昨夜外出してから帰宅しない息子の安否を調べてほしいと願い出た。フォイルは若者がたった一晩帰宅しなかったことを深く心配するケイトに事情を聴取した。
ケイトによれば、マシューはいたってまじめな若者なのだが、素行の悪い友達と付き合っていて、その若者に誘われてトラブルに巻き込まれたのではないかというのだ。
素行の悪い友達とはダン・パーカーのことで、マシューは今、ダンとともに近くのゲストハウス「ブルックフィールド・コート」の雑用係の仕事をしているらしい。