フォイルはサマンサとともにそのゲストハウスを訪れて、雑用係として働いているマシューとダンについて身辺調査することにした。
ゲストハウス「ブルックフィールド・コート」はマルコム・パウエルの妻、ウェンディが切り盛りしていた。マルコムは第1次世界戦争でヨーロッパ戦線に派遣され、そこでマスタード・ガスを浴びて失明し、歩行不能になったため車椅子での生活となっていて、ゲストハウスの経営には手を出していない。
フォイルの質問に対してウェンディは、マシューとダンはこの2~3日仕事に来ていないと答えた。2人の若者の勤務態度は芳しくないようだ。マルコムは、「戦争で人手がないために、怠け者の2人の若者を仕方なく雇っている」と愚痴った。
一方、サマンサは広々としたゲストハウスの庭の一角にクルマを停めてフォイルを待っていた。彼女は手持ち無沙汰だったため、庭仕事をしている若者を眺めていた。その若者は、園丁としてはまったくの未経験者らしく、庭を飾る草花も雑草もお構いなくむしっていた。
ゲストハウスには広い庭園があって、そのなかにはサマーハウス(離れ屋)があった。
さらにゲストハウスには専用のテニスコートがあって、そこでは企業買収を手がけるブローカー、ブレイク・ハーディマンが毎日のように、シティの投資家でユダヤ人のジョナサン・ムーアを相手にテニスを楽しんでいた。
ブレイクはジョナサンと親密になって彼から投資資金を引き出そうともくろんでいた。戦時下で経営危機に陥った衣料製造会社の経営権を買いたたいて手に入れようとしていたためだ。ブレイクは大儲けのためなら「危ない橋」でも走って渡るような性格だ。だが、ジョナサンは慎重に投資先を選抜する投資家で、ブレイクの提案への回答を保留していた。
ブレイクもジョナサンもそれぞれ妻を連れてこのゲストハウスに滞在していた。
ゲストハウスの滞在者は、この4人のほかに雑誌や新聞業界で売れっ子の女性ジャーナリストのアマンダ・リースと引退したロンドン市の行政官、フランク・ヴォードリーの2人がいた。