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こうして、イタリア系マイノリティ社会は、自己保存のために新たなボス、新たな秩序形成者を求めていました。
何をやってもボスによる抑圧と収奪にさらされるヴィトは、住民の多数派に嫌悪されるようになったボスを倒します。もちろん、自分が生き抜くためなのですが。
ヴィトはボスを暗殺し、しだいにコミュニティの面倒見役や保護者、利益誘導のキイマンになっていきました。近隣社会の顔役となり、尊崇と畏敬を集めるようになりました。街区のボスとしての権威を獲得したのです。
ボスを排除して富と影響力を蓄えたヴィトは、イタリア系移民社会で世話役を引き受け自らを中心とする義理と恩顧の取引関係を築き上げていきます。
やがて、ヴィトは「表の市民社会」のボスの地位を得ることで、より大規模に裏社会の取引や犯罪をも取り仕切るようになっていくのです。
このあたり、地方ボスが地方の政治や産業政策に強い発言権をもち、大きな利権を握っていて、利益分配の機能を果たすというアメリカ社会の権力構造の成り立ちをうまく描いています。
こういう構造については、アメリカの社会学とか実証的(フィールドワーク)政治学がつとに指摘してきたことがらです。
他方で、ヴィトの大都市ニューヨークの裏社会における権力の拡張は、あたかも世界でのアメリカの覇権獲得と並行しているように見えます。
その後、アメリカでは、大恐慌による社会の荒廃と「禁酒法」による表世界での公的権力による規制の拡大が進みます。これにともなって、アルコールの密造と密売、これにかかわる飲食業での権益の奪い合いなどが繰り広げられ、裏社会の組織の権力と収益機会をいっそう拡張しました。
ヴィトまたしかり。この機会を利用して、ファミリーの利権と組織を拡張します。
各地で多数の労働組合や業界組合が組織化が進み、労働組合と経営者やその団体のあいだの利害・利権の調整役・分配役として、裏社会の顔役の活躍の場は広がりました。
ヴィトはたくみに、こうした集団間の利害闘争や階級闘争に割り込んで調停役を引き受け、労組や業界団体、経営者層に影響力を浸透させていきます。それはまた、世論の形成とか選挙での投票行動にさえ大きな影響力をもたらすような地位を与えました。
そうなると、地元政界の有力者も世論や票を求めて、ヴィトにすり寄り、あるいは利権の共有関係を持ちかけるようになります。
そして二十数年後、ヴィトはニューヨークのイタリア人街全体を牛耳るドンになっていました。
マフィア組織の首領ですが、都市の各地区ごとに縄張りをもつボスたちを束ねるドンであり、コミュニティの用心棒の総元締めであり、一方「表の顔」は有力な事業家(建設業とオリーヴオイルの貿易業など)、富裕な慈善家でもあります。
要するに「業界」の最有力者、the King of Lords、すなわちボスのなかのボス=ドンになっていたのです。
彼の影響力は、ニューヨーク市政、州の議会と知事、さらに連邦議員にさえおよび、しかも北米東海岸全域と中西部、西海岸の娯楽産業・賭博、観光産業などにもおよんでいました。
コルレオーネ家の住居もニューヨークの狭苦しい中心街(ダウンタウン)のイタリア人街から、郊外、ロングアイランドの丘陵地帯にある閑静な高級住宅地の邸宅に移りました。広大な庭園つきの大邸宅です。
マフィアの利権=収益基盤は、売春や(禁酒法以来の)アルコール、飲食産業、映画・音楽などの芸能・娯楽産業、マスメディアだけでなく、ニューヨークの港湾労働者の組合(沖中士団体)、トラック労働者の組合、建設業、倉庫業などにまで浸透していました。
ことにコルレオーネ・ファミリーは、賭博と労働組合組織に強い影響力をもっていました。
その頃、ニューヨークは世界経済の覇権を握るアメリカ合州国でも最有力の中心都市(metropolis)になっていました。そこに流れ込む財貨や利権は膨大なものとなりました。
しかし、経済成長と国際化は、コミュニティ全体や住民たちの生活スタイルを徐々に組み換えていき、彼らに旧来からの心性や生活慣習の変化を迫るようになりました。
マフィアの世界の行動様式や権力構造もまた転換を余儀なくされていました。