大公が興行劇場に訪れる予定の日、ヴァルターは警察隊を率いてアイゼンハイムの楽屋に押しかけて「安全確認」と称して、いろいろと調べて回った。そして、アイゼンハイムに「仕かけを教えろ」と圧力をかけた。大公のためというよりも、ヴァルター自身が知りたかったからだ。
その日、レーオポルトは、許婚者然として交際しているゾーフィー・フォン・テッシェンを連れて劇場に赴き、一番前の席を占めた。そして、アイゼンハイムの動きを鋭い目つきで追い続けた。「カラクリを暴いてやる」とでも言うような挑発的な目つきで舞台を睨みつけていた。
その態度は傲岸不遜で、頭からアイゼンハイムの幻影術を見下すようなものだった。
大公の挑発を受けたアイゼンハイムは、挑戦を受けて立った。
幻影術の相手としてゾーフィーを選び壇上に昇らせて、観衆を驚かせる奇術を見せた。
それは、アイゼンハイム(エドゥアールト)がゾーフィーに昔の恋人を思い出させるための手順だったようだ。
そのうえで、次には、レーオポルト自身を呼び出して、大公の権威の象徴としての宝剣を使った魔術を演じた。
剣を鞘から抜くと、剣先を床に接して――刺すことなく、また吊るすこともなく――固定した。そして、大公の知り合いの有力貴族のなかでも巨漢で膂力が強そうな者を名指しして、剣を持ち上げることができるかと要請した。
その貴族は全力を振り絞ったが、剣を持ち上げることはできなかった。
彼は体面を保つため、「やはり私には、大公の象徴をあつかう力はない」と弁明した。
「では、本来の持ち主に持ちあげていただこう」と、アイゼンハイムはレーオポルトを指名した。
今度は、大公が挑戦を受けて立った。だが、容易に持ち上げることはできなかった。しかし、大恥をかく前に、何とか持ち上げることができた。大公の力というよりも、アイゼンハイムの仕かけによる業だった。そして、この魔術に対しても、大公はカラクリを見抜くことができなかった。
この日は、大公がアイゼンハイムにしてやられた形だった。
邸に帰ったレーオポルトは、屈辱感を押し隠しながら、ヴァルターに命じた。
「アイゼンハイムを追いつめて破滅させろ。この街から叩き出せ」と。
大公の命令で、ヴァルターはアイゼンハイムを追い詰めた。
幻影術の仕かけ=カラクリを明かせ、さもなくば「民衆を幻覚で騙した」というかどで逮捕する、という脅しをかけた。だが、アイゼンハイムは拒否したので、警察隊が劇場からアイゼンハイムを警察署まで連行した。
とはいえ、アイゼンハイムになかば敬意を抱いているヴァルターは、きわめて丁重にあつかった。
ところが、幻影術の観客たち、アイゼンハイムの信奉者である多数の民衆が、警察やり方に異議申し立てをするために、警察署に押しかけ包囲した。反乱蜂起がいまにも始まりそうな気配だった。
険悪な気配とヴァルターの立場を察知したアイゼンハイムは、警察署の窓から民衆に向けて「私の幻影術は超自然現象ではなく、タネや仕かけがあっての幻影術だ。だから、容疑も晴れた。だから、みなさんも帰ってほしい」と説明して、その場を鎮めた。