しばらくしたある日、レーオポルト大公の城館で大公とゾーフィーは口論をした。
皇帝戴冠への道を着々と昇りつめるための手順を打とうとする大公に対して、ゾーフィーが「あなたの言いなりにはならない!」と抗ったのだ。
レーオポルトはハンガリア王国に巡行して権力基盤を固めるために、テッシェン公爵であるゾーフィーを同伴させようとしたのを、彼女が拒絶したのだ。それで、激しい口論となった。部屋の外にいた執事は、その険悪な様子を目撃した。
ゾーフィーは大公の部屋を飛び出して1人で厩舎に行き、馬に乗ろうとした。そこに、彼女を追いかけてきた大公が来て、やはりここでも言い争いをした。
結局、ゾーフィー1人が逃げるように馬の鞍に乗って城館から走り出た。そのとき、彼女は鞍に倒れ込むようにうつ伏せになっていた。そのありさまを厩務係が見ていた。
その夜になっても、ゾーフィーは館に戻らなかった。公爵家の人びとの呼びかけで、警察や住民たちは行方不明になったゾーフィーの捜索を始めた。近隣の野山や森の捜索がおこなわれた。
夜明け近く、捜索に参加していたアイゼンハイムたちが沢のなかに倒れているゾーフィーを発見した。
ゾーフィーは首筋に刃物による傷を受けていて、すでに絶命していた。悲しみにくれるアイゼンハイム。
何しろ有力な女性公爵が殺された大事件だ。ヴァルター警視の指揮で事件の捜査が始まった。
ヴァルターは、事件をただちにレーオポルト大公に報告した。すると、事件の日の午後、ゾーフィーが大公の城館を訪れていたことを大公自身から聞かされた。そして、彼女が大公の城館から単独で馬に乗って出ていったことも。
ところが、ヴァルターの目から見て、大公のゾーフィーの死(殺害)に対する反応は意外に冷淡だった。愛する婚約者が殺されたにしては、あまりに冷静だった。
その一方で、レーオポルトは、自らが皇帝となるために現皇帝=フランツ・ヨーゼフを追い詰め追い落とそうとする策略には、ことのほか熱心だった。ヴァルターには、この計略で腹心として動いてほしいと指示した。
ヴァルターはそのときから大公に疑念を抱き始めた。
やがて、大公の城館の執事から、事件の日、ゾーフィーと大公とが言い争いをしてゾーフィーが逃げ帰るように部屋を飛び出していったことを聞き出した。しかも、厩務係からは、厩舎での大公とゾーフィーとの諍いを聞き、城から出ていくゾーフィーが鞍にもたれかかるようにうつ伏していたことを聞き出した。
疑念はますます深まっていく。
そしてついに、ヴァルターは大公の城館の厩舎の秣のなかに、大公の宝剣に嵌め込まれているはずのエメラルドと同じ形状のエメラルドを発見した。大公の部屋に忍び込んで、宝剣を調べると、嵌め込まれているはずのエメラルドが脱落していた。
ヴァルターは、大公の容疑が固まったことに深い衝撃を受けた。
しかも、レーオポルトは、ヴァルターらの腹心をともなって巡行中の皇帝のもとに赴き、帝国の主要な機関を征圧し、退位を迫る動きを開始しようとしていた。
権力掌握のためには手段を選ばない冷酷な大公に対してヴァルターは畏怖を抱いた。しかも、大公がゾーフィー殺害の最有力の容疑者であるとなっては、もはや警察官僚としては大公の腹心にとどまるわけにはいかない。
ヴァルターは、これまでの事件捜査の経過と皇帝に対する反乱(クーデタ)の策謀を報告=手紙にしたためて、皇帝の官房に送付した。
皇帝追い落としに動こうとしたレーオポルト大公だったが、直前にクーデタの策謀を皇帝側に知られ、憲兵隊を差し向けられてしまった。追い詰められた大公は自殺した。
だが、ゾーフィーの殺害事件は、アイゼンハイムが仕かけた幻影=罠だった。