今から振り返ると、21世紀の最初の5〜6年間はアングロサクスン諸国を中心として――ITによる金融取引きマニジメントが大流行で――世界経済のバブル期(泡のような膨張期)だった。バブルは「リーマンショック」で破裂して深刻な世界金融危機に見舞われることになった。
虚飾に満ちた「夢の宴」が消滅し、金融権力によって支配された世界経済の悲惨で醜悪な実態が暴かれたあとから見ると、まさに幻想あるいは幻影のような時期だった。
そんな時代のせいか、「イリュージョン:魔術的な幻影/幻想」が小説や映画などで作品化された時代だった。先頃取り上げた作品『クライム&ダイヤモンド(2002年)』も幻影魔術師が銀行から大金を盗み出す話だった。
今回取り上げる歴史映画のような作品『幻影師 アイゼンハイム』(2006年)は、現代のイリュージョン・テクノロジーを過去に投影した寓話だ。
19世紀末のオーストリア(=ハンガリア)帝国のヴィーンを舞台としているが、物語はほとんど史実にはもとづいていない。だが、史実から多くの材料を背景や時代設定に取り込んでいる、不思議なファンタジーだ。
原題は The Illusionist で、意味は「イリュージョニスト」「幻影師、魔術師」。翻案の原作となったのは、合衆国の作家、スティーヴン・ミルハウザーの幻想・ファンタジー作品を集めた短編集『バーナム美術館』のなかの一編「幻影師、アイゼンハイム」だ―― Steven Millhauser,
Eisenheim the Illusionist, in : The Barnum Museum, 1990 。
19世紀末ヴィーンといえば「何でもあり」の創造と混沌の都だった。物語の時代は世紀末あるいは、20世紀にさしかかるところかもしれない。
そこに突然現れたイリュージョニスト、アイゼンハイム。年齢は30歳前後か。舞台で披歴する魔術=イリュージョンは真に迫り、アイゼンハイムは民衆から「超能力者」と呼ばれた。
時間の経過を短縮して、たとえば数年間のできごとを数分に短縮して見せたり、死者を呼び戻したり……彼のイリュージョンは真に迫っていて、しかも観衆の度肝を抜く奇抜さを備えていた。多くの人びとは魅了され熱烈なファンになった。
だが、そこに皇太子(オーストリア大公)レーオポルトが冷徹で皮肉な科学の目で挑戦を挑む。いや、アイゼンハイムによって操られて「挑戦者」としての役割を割り当てられてしまったというべきか。
大公の婚約者、ゾーフィー・フォン・テッシェン(テッシェン女流公爵)を大公の軛から解き放つために、アイゼンハイムはレーオポルトに対決を挑んだのだ。そして、絶大な権力をふるうレーオポルトは、アイゼンハイムの幻影操作によって追い詰められ、破滅へと追い込まれていく。
その過程を回想しながら語るのは、ヴィーン警察の警視、ヴァルター・ウール。庶民の出のエリート警察官僚で、大公の権力になびき懐刀たるべく振る舞おうとするが、雲の上のこの君侯を内心うとましく感じてもいる。
ヴァルターは、レーオポルトからアイゼンハイムを駆逐すべく命じられるが、他方で、アイゼンハイムのイリュージョン技術に心を奪われている。
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