幻影師 アイゼンハイム 目次
幻影は権力? それとも権力は幻影?
見どころ&あらすじ
世紀末ヴィーン
アイゼンハイムの来歴
警視とレーオポルト大公
大公の挑戦
ゾーフィーの願い
ゾーフィーの死
ヴァルター警視の疑念
大公破滅へのカラクリ
イリュージョン・・・権力
イリュージョン・・・歴史
日本近代史イリュージョン
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■イリュージョンとしての権力■

  国家は、さまざまな行財政装置を備え軍隊や警察という物理的強制装置を動かす政治的権力ではあるが、共同主観というイリュージョンの上に成り立つ構築物でもある。
  この映像物語では、オーストリア帝国の有力な皇太子の1人であるレーオポルトの地位が、幻影とそれによって操られた警視の行動によって脆くも崩壊してしまうという文脈が事件の中心にある。
  また、アイゼンハイムの幻影術は、ヴィーンの多数の民衆(大衆)の思考や感情、意識に大きく影響して、場合によっては彼らを政治的に扇動する――それによって統治秩序を揺るがすほどの――影響力すら持ちうるということを暗示している。
  少なくとも、ヴィーン市井人(庶民)に対してならば、皇帝や皇太子の権威よりも、見世物にすぎないアイゼンハイムの幻影の方が、はるかに影響力が強いという状況があるということだ。

  ヴィジョン――「理想となる展望」のほかに「幻影」という意味を持つ――や幻想が、社会のレジームを組み換え、世界戦争すら引き起こしてきた歴史を私たちは身にしみて知っている。たとえばフランス革命とナポレオン戦争、ロシア革命、ナチズムの席巻と第2次世界戦争……とかいう歴史的事件を見よ。
  日本でも「大東亜共栄圏」の幻影――これは戦争への道を転がり始めてから意図的に提示された幻想――が破滅的な戦争への道をイデオロギー的に用意した。
  また、このサイトのほかの記事でたびたび見たとおり、諸国家の正史――「公式ないし正統な歴史記述」なるもの――が、統治者のそのときどきの政治的利害や目論見によって制約されながら形成され、構成されてきた歴史観=イデオロギーであって、多分に一面的で偏見に満ちているものであることも、当たり前のことだ。


  ということは、レジームや権力構造というものは、そして、そういうものの正当性=正統性を担保する思想や価値観というのは、イリュージョンにほかならず、またイリュージョンの上に成り立っていることを意味するとも言える。
  要するに、権力や支配秩序というものは人びとの間の関係性の独特の構造(形態)のことであって、
・権力者=支配者側の意識や発想には、人民が自らに従うものが当然だ、従うべきだという主観がインプリントされ、構造化されている
・人民・民衆の側では、支配者にはなびいておくのが当然、従うべきだという主観が構造化されている
という関係性がおおむね成り立っている状態にすぎない。

  したがって、社会状況が変化すれば、この「べきだ」「当然だ」という意識や価値観(選択尺度とか行動スタイル)がすっかり変わってしまう。
  たとえば、先頃の一連の「アラブの春」のできごとを見よ。
  独裁的・専制的な権力者=支配者の側ではおしなべてあまり変化はないのだが、民衆の側では権力者が打撃を与えて破壊すべき敵対者と位置づけられることさえ起きるのだ。抑圧や圧政とその結果としての富の格差に耐えきれなくなって、反乱を起こすのだ。
  だが、旧来のレジームを打倒したのちに、どういう新たなレジームを構築すべきかについてまでは、革命運動の最中には、なかなか目が向かない。変革を求める運動の最中にはさまざまな理想や展望が語られたが、今のところ、どこでも実現されていない。


  このサイトでは映画『ゴールィキーパーク』へのオマージュ記事として、ソ連型の社会主義革命思想の幻想性について分析しておいた。
  してみれば、レジームそのものもイリュージョンの上に成り立っているのだが、それを打倒する革命思想もまたイリュージョンから成り立っていることにもなる。
  革命思想に限らず、政治行動を直接的に動機づけている物質的利害はきわめてリアルなものなのだが、それが政治思想とかヴィジョンとなるとどういうわけか、相当にイリューシヴになるのだ。

  『国家はなぜ衰退するのか Why Nations Fail ― The Origins of Power, Prosperity, and Poverty 』(邦訳文庫版:早川書房)の著者ダロン・アセモグルー&ジェイムズ・ロビンスンによれば、「政治とは社会がみずからを統治するルールを選択するプロセスである」ということだが、この過程を媒介する権力闘争ではそれぞれの政治集団の運動もまたあれこれの理想=イリュージョンによって動機づけられている。

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