巨大怪獣ゴジラが出現した背景・原因は、冷戦構造のなかでのアメリカ合州国の一連の核実験だということになっている。
1954年3月、太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁でアメリカの水爆実験がおこなわれた。この核実験では近海で操業していた日本の漁船、第5福竜丸が被曝し、乗組員たちに大きな災厄をおよぼした。
ゴジラの出現は、福竜丸と同じように、というよりも、もっとずっと爆心地に近いところで被曝した海棲生物が生き残り、強力な放射能によって突然変異したことによるという。元の生き物は、三畳紀・ジュラ紀・白亜紀をつうじて生存した哺乳類型爬虫類と海棲爬虫類とのハイブリッドらしい。体長は大きくとも、せいぜい10メートルくらいか。それが、新生代にも生き延びていた。
だが、水爆の爆心近くで生き延びたというのは、ものすごいことだ。というのも、爆心地では1億度K(このさい℃でも同じ)、数キロの範囲でも数百万度Kから数千度Kになる――しかも放射線が飛び交う――高熱環境で生き延びたのだ。あるいは岩礁の陰で、光線の輻射を逃れたとしても、数千度の高温なのだ。爆風はすさまじく、数十メートルの厚さの鋼鉄板も(溶融しないとして)一挙に原子にまで分解してしまう風圧とエネルギー(中性子線、電子線、電磁波)放射・輻射の猛嵐となっていたはずだ。
理論的には、突然変異する生物体そのものが一瞬に蒸発し、原子や素粒子にまで分解してしまい、生物としての体制や細胞組織がおよそ存在できないはずなのだが、まあファンタジーの世界だ。生き延びたとしよう。・・・そんな状況から筋立てが始まる。
それより8年前のこの地域での原爆実験では、巨大な戦艦が爆心地では跡形もなく吹き飛ばされ、あるいは融解してしまったらしい。日本の――太平洋戦争を生き延びた――戦艦長門もそのときの第何次かの核実験で破壊され、沈んだという。それは、日本の完全な武装解除を象徴するためでもあり、また核爆心地での戦艦規模の艦艇がどのような損壊を受けるかを測定するためだったかもしれない。
なにしろ、そんな物騒な場所が原ゴジラ生物の生息環境だったのだ。
これは私の想像だが、1946年のより破壊力の小さい原爆実験で、すでに初期ゴジラは誕生していて、恐るべき耐性を備え始め、その後の強度を強める核実験のたびにより恐ろしいモンスターへのミューテイションが繰り返され、ついに水爆実験で体高50メートル、全長100メートルの巨大怪獣になった、と見るべきではないか。そして、放射能火炎を吐くようになった、と。
でも、体内に核エネルギーを蓄え、吐き出す火炎は喉もとでは数百万度の高温のはず・・・それに耐える生物細胞って、どんなものだ?!
そういう設定がありだとして、そうなるとすれば、ゴジラを倒す兵器は地球上にはないことになる。いや、全地球を破壊するほどの水爆であれば可能かもしれないが、そうなれば人類を滅ぼす役割が、ゴジラから人間となるだけのことで、結果は変わらない。
核実験の被害を受けて巨大化し凶暴化したゴジラは、とりわけ人類が集中する大都市の人工的エネルギーや発電所、あるいは核兵器に対して強い攻撃性を示すようだ。だが、54年版ゴジラは、まだ生物としての特性や弱点、すなわち発生期酸素の作用で細胞が分解してしまう身体だという弱点を備えていた。でも、放射線の破壊力に耐えた身体が酸素イオン( Oxigen Destroyer )で溶解するだろうか? という設定の一貫性の欠如が見られる。
この映画では、大戸島の古来からの伝説と水爆誕生説とが微妙に融合・混交している。というのも、この島では、漁船の遭難や消滅は昔から海棲巨獣ゴジラが暴れたためだという言い伝えがあって、村人はその怒りを鎮めるために、往時は年若い娘や魚肉などを生贄として海に送っていたという。これは、核実験による突然変異(怪獣化)よりも昔からあったできごとだ。
あるいは、マーシャル群島から巨大海棲生物が、日本の領海内最南端の孤島にもまれに姿を見せたのかもしれない。
巨大怪獣になってからも、ゴジラは島の牛などの畜獣を捕食したり、魚群を食い荒らしたりしていて、まあ、地球の生態系=食物連鎖のメカニズムのなかにおさまっていた。
さて、怪獣ゴジラは大戸島の近辺を荒しまわってから、海に消えた。
そして、東京湾に出現し、晴海埠頭ないし築地から浜離宮あたりに上陸し、勝鬨橋をぶっ壊して、晴海通りを歌舞伎座や銀座の大通りを経て有楽町まで達し、高架線路の電車を摑んで破壊した。その後、内幸町や大手町、東京駅方面、上野浅草あたりまで荒しまわったようにも見える。そして、映像から見る限り、浜松町近辺から芝の海に帰っていったようだ。その間、口から放射能火炎を吐きながら、都心部を「東京大空襲」の跡のように焼き尽くし、破壊し尽くした。
だが、東京湾で一息ついているところを、恐ろしい酸素破壊兵器「オクシジェン・デストロイヤー」を浴びせられて、滅ぼされてしまった。
核兵器でも死ななかった巨大怪獣が、酸素を解体する兵器程度で骨も残らないほどのダメイジを受けるかは、甚だ疑問だが、生物としての特性(強みと弱み)をもっていたから、としておこう。
このときは、映画を終わらせるための「苦肉の策」だったようだ。そうするしかなかった。水爆のキノコ雲の直下でも生き延び、より恐ろしい怪獣に変異した「生物」を相手にして、物語を完結させるのは至難の業なのだ。
ゆえにこれ以降、ゴジラを死滅させる形での「一話完結」はない。初代ゴジラが核反応の暴走でメルトダウンして結末を迎える作品はあった。が、同時にジュニアゴジラが「後継ぎ」として誕生していた。いずれにせよ、ゴジラは人類も含めた他者の手では滅ぼされなくなった。