ボイェットが残していった写真は何枚もあった。
ギャラガーは一番ありえそうな場所に行ってみたが、違っていた。
そのときギャラガーは思いついた。シカゴには、ソ連・東欧系の移民社会がある。そのなかでも一番ロシア系住民が多い地区ではないか、と。
ゴルバチョフは、その地区にある駅前商店街を訪問して、ロシア系市民の母子と親しげに接する場面をプレス(報道)用に記念撮影する計画になっていた。
そこで狙撃するとなると、鉄道の駅舎の倉庫に違いない、と。
その頃合い、ボイェットは倉庫のなかで書記長の登場を待ち続けていた。
やがて、ゴルバチョフは、警護陣や報道陣を引き連れた長い車列でやって来た。彼が車を降りると、長身の警護役たちがその周りを取り巻いた。狙撃防止用の掩護壁をつくったのだ。
ところが、ゴルバチョフは、報道用の写真を撮影するために、ロシア系市民の女性ととの幼娘を抱擁することになっていた。このとき、ほんの数舜とはいえ人が動いて警護役も少し離れ、ゴルバチョフの頭部が丸見えになる瞬間があるはずだ。というのが、ボイェットの読みだった。
読みは当たった。人波が揺れ動き、ゴルバチョフの頭部が丸見えになった。
ボイェットは狙撃用のライフルのスコープで狙いを定め、引き金に指をかけた。
その瞬間、銃を構えたギャラガーが倉庫に飛び込んできて、ボイェットを射殺した。
一方、商店街では平穏無事に、ゴルバチョフの市民との交流場面は終わった。それを苦々しげに見ていたのは、大統領の報道官とロシア人駐米大使だった。この狙撃場面をお膳立てしたのは、彼らだったというわけだ。
彼らはこのとき、核軍縮交渉の阻止に失敗したことを覚った。
そのとき、駅舎の倉庫に駈けつけてきた制服の軍人がいた。アメリカ陸軍情報部のウィテイカー大佐だった。
ボイェットの支援に来たのだろう。
ギャラガーは、倉庫から出てきてウィテイカーと鉢合わせをした。2人は罵り合った。
ギャラガーは大佐に言い放った。
「お前らの陰謀は失敗した。俺がボイェットを射殺したからな。
これから、お前らの謀略を暴き立ててやる。
もう警察と軍には報告済みだ。逃げ隠れするのは、今度はおまえらだ!」
ウィテイカーはただちに逃走策を講じた。
まずゴルバチョフに随行しているロシア軍の幹部に電話連絡した。まもなく、ロシア軍の大佐が運転するリムジーンがやって来た。
ウィテイカーは車に乗り込むと、失敗した場合の逃走経路として計画してあった手順をたどることにした。
そのとき、テレヴィやラディオなどの報道機関が一斉に緊急ニュウズを伝えた。
「つい先ほど、ゴルバチョフ書記長の暗殺計画が発覚・摘発されました。狙撃者は射殺されたもうようです。……」
ロシア軍の大佐もウィテイカーを後部座席に乗せた車を運転しながら、カーラディオのニュウズを聞いていた。
「君はロシアに亡命することになるのか。金はいくら必要だ。まあ、安楽に暮らせるように手配するよ……」と語りながら、グラヴボックスから拳銃を取り出すと、ウィテイカーの頭を打ち抜いた。
ラディオからニュウズの続きが流れる。
「……なお、アメリカ軍内部でロシア軍とつうじて陰謀に加担していたとされるウィテイカー大佐は、現在姿をくらませていて、行方がわかりません。……」
これで、永遠に失踪することになった。ソ連軍としても余計なお荷物は抱え込みたくなかったのだろう。
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