私見では、動物のなかでは、体節を備えた節足動物の設計と試行錯誤がいち早く進んだようだ。というのも、次のような理由からだ。
節足動物の体節は、外殻・装甲で覆われた、相対的に完結したユニットである。身体構造の設計の初期的・幼体段階では、子供の粘土細工のように、身体の各部をひとまとまりの小さなユニット構造でつくっておいて、とりあえず部品を完成させてから、それらを結合していくほうが、試行錯誤的に工程を進めやすい。つまり、1つひつとつの段階=局面でのコストとリスクが小さい(総体としては大きくなるが)ということだ。。
粘土細工でも、ドウナツや団子のようなパーツ1個1個を個別に先につくっておいて、それらを連結する方がデザインは楽である。中途で全体デザインを変更するうえでは、融通がきく。
そのうえで、体節の連結部分を滑らかで緻密な形状にしていくのは、手間やコストがかる。それでも、水中の遊泳や移動の円滑さ、機敏さのために体節の連結構造はしだいに滑らかになっていっただろう。
ところが、体節がない、複合的な全体を一体的に形成するのは、かなり複雑な手順=プログラムが必要となる。それゆえ、やわらかな身体のなかに軸索をつくり、その周囲に器官や組織を配置していくのは、難しい。脊椎動物の祖先としての脊索動物は、少し遅れて登場する。しかも、身体スケイルはかなり小さめだった。
とはいえ、外骨格動物は、硬い甲冑で外側を覆うので、身体サイズの成長にとっては阻害要因となる。そして、「脱皮」は、最外殻に内包されている体液や細胞を内側に吸い取るメカニズムが必要になるうえに、脱皮の時間中は無防備となるのでリスクが高い。したがって、カンブリア紀の節足動物が脱皮したかどうかは、未解明だ。さらに、外殻がどのように成長したのかも不明だ。
さて、最強のアノマロカリスにも強敵はいた。同種の別の個体だ。
映像物語では、アノマロカリスどうしが激しく闘争するシーンが描かれる。同種の巨体のぶつけ合いは、ときに双方または片方に深刻な傷害をもたらす。1頭のアノマロカリスの装甲に大きな亀裂が入ってしまった。傷口から体液が流出していく。栄養たっぷりの体液は、招かざる客を引き寄せることになった。
傷口に群れ集まって、アノマロカリスの内臓や筋肉を食いちぎろうとするのは、脊索動物(原始的脊椎動物)のハイコウイクテュス( haikouichthys
:ミュロクンミンギア類)だ。
体長はわずか1インチくらい。横から見ると流線形の体形で、左右の厚みは小さい。背から尾にかけて薄い膜がある。しかし、鰭はない。脊索に沿って張り巡らされた筋肉が、身体を左右にくねらせて推力を生み出し、海中を不格好に移動できる。
ハイコウは化石が発見された中国内の地名で、イクテュスは「俗称としての魚類」ないし「海生動物」を意味する。そして、ミュロは「魚類」のこと。クンミングは中国の昆明という土地。というわけで、学名の意味は「ハイコウの海生動物の仲間でクンミン産の種」ということ。
ここでグレコローマン表記学名の邦文表記(発音)についてだが、ギリシア語由来の y の発音表記は――「イ」「ィ」ではなく――原音に近づけるため「ユ」「ュ」とする。だからたとえば、「イクテュス」は一般書籍では「イクティス」と表記される場合が多いことに注意されたし。