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この日、ジャックはNYSEで大きな勝負に出ていた。
入念な調査で、あるヴェンチャー企業のここ数年の業績の推移や収益性、成長性を追跡、分析していた。ジャックの情報収集は怠りなかった。この会社は堅実な実績と将来的成長の可能性にもかかわらず、株価(要するに成長性や収益性についての評価)はふるわなかった。
で、ここ数週間の動きを見ると、評価の転換の「潮目」がやってきそうな気配だった。というわけで、ジャックはひとまず500万ドルを投入して、株の売り注文のオプションを片端から引き受けて買い付け続けた。
買いが入るということで、逆に売りオプションが加速して、午前中いっぱい株価はジリジリ下がり続けた。
同じ証券会社に勤務する同僚ロルフは、もうこれ以上損失を出さないために勝負を降りるように説得した。今の差損なら初期投資の500万ドルの2割程度に損失を抑えることができる。
だが、ジャックはかならず反転上昇局面が来ると頑なに信じ続けて、さらに資金を投入して持ちこたえようとした。だが、株価は低落し続けた。結局その日、ジャックは全資産を失う羽目になってしまった。そこには、息子の能力を信頼している両親から預かった全貯蓄が含まれていた。
ジャックはこの悲惨な結果を告げるために、両親の家を訪ねた。家には父親がいた(小さな自動車修理工場に勤める父親が昼間から家にいるところから、日曜日か)。ジャックは失敗の顛末を語った。
落胆した息子を見て、父親は「何でもないさ。それくらいのことで、ケイシイ家の男が挫けるんじゃない。また挑戦するさ」と励ました。そして、「ローストチキン・サンドウィッチを作っているんだ。どうだ、いっしょに食べていかないか。マヨネーズたっぷりで、うまいぞ」と誘った。
だが、ジャックは近くの道にタクシーを待たせていたので、すぐに帰ると答えて、家を出た。けれども道路まで歩くうちに気が変わって、家に戻ることにした。ジャックは、タクシーの運転手に料金を払って乗らずに行かせることにした。
家に戻ったジャックはドアを開けて父親を呼んだが、返事がなかった。で、家のなかに足を踏み入れた。すると、父親はテイブルの前に座って、両手で顔を覆い泣き崩れていた。絶望に打ちひしがれて、身も世もないような落胆振りだった。
ジャックは株投機の失敗そのものよりも、打ちのめされた父親の姿に衝撃を受けた。彼はそっとドアを閉めると、躓きそうになりながらポーチに向かって歩き出した。が、足がもつれて鞄を取り落としてしまった。
ジャックの手を離れた鞄は、玄関の階段を転がり落ちていった。なかから書類が飛び出して散乱した。けれども、ジャックは拾おうともしなかった。彼自身も打ちのめされて、ポーチの階段に座り込んでしまった。
今になって、失ったものの大きさ、重みが迫ってきた。自分が打った大博打が、両親の生活を打ち砕こうとしている。おそらく、両親から預かった資金は、株投機とは別にして管理すべきだったと悔やんだに違いない。