テリはジャックの住居に逃げ込もうとした。テリが怯えてドアの前にいるところに、ジャックが帰ってきて、事情を知った。ジャックの住居を知っているジプシーは、間もなくここにやって来るだろうから、ジプシーをここから引き離して闘いを挑むしかないと、ジャックは考えた。
ヴードゥー殺害の場面を見ているジャックは、強い憤りを感じていたので、テリを守るためにも、殺人目撃者としての自分を守るためにも、今度は闘いから逃げるつもりはなかった。
ジャックはテリを家=倉庫に押し込んで鍵をかけさせた。
そして、自転車に乗り込んで、ジプシーがやって来るのを待った。これまでの経緯があるので、挑発すればジプシーはジャックを追いかけてくるだろう、という読みだった。
案の定、ジャックの挑戦にジプシーは乗った。地回りギャングは、自分に挑もうとする者を叩き潰すことが自分の権力=顔を維持する手段だから。隙を見せれば、自分の縄張りを狙う同類によって追い立てられるか、住民に対する威嚇効果を失うかだ。
ジプシーは車でジャックの自転車を追いかけ始めた。
細かい動きは自転車の方が上だが、長い直線での速度は車がはるかにまさる。ジャックは必死で逃げ回る。逃げ回るうちに、ジャックは、作りかけの高架高速道路の絵を見て、作戦を思いついた。
ジャックは港湾地帯の荒廃した倉庫跡に向かって走った。だが、長い直線道路や空き地が続いたので、ジプシーはジャックのすぐ後ろまで追いついてしまった。焦ったジャックは転倒して、あやうく轢き殺されそうになった。
どうにか逃げ出したジャックは、巨大な倉庫跡(その駐車場か?)に入り込んだ。斜面を登りながら高い階に行ける構造の建物だ。太いコンクリート製の柱を縫うようにジャックは逃げ回り、5ないし6階まで逃げた。ジプシーは躍起になって追いかけてくる。
最後にコンクリート製の長いスペイスを直線的に走った。ジプシーはすぐ後ろまで追いついていた。ジャックを轢き潰すためにジプシーはアクセルを思い切り踏み込んだ。そのとき、ジャックは自転車を傾けてコースを逸れて、横倒しになって止まった。
寸でのところでジャックを逃したジプシーは、驚愕した。
その床面は目の前で突然切れていた。建物の床の端だったのだ。ジャックを轢き潰すことに熱中するあまり、自分が走り込んだ建物がどういうところか忘れていた。
ジプシーの車はものすごい速度で、建物の「断崖」から20メートル下の地面まで落下した。こういう落下の衝撃の大きさ(仕事量)は、(2分の1)×(質量)×(速度の2乗)。しかも、速度には車の速度に加えて重力加速度による増加分が加わる。ジプシーはシートベルトもしていない。
したがって、地面への激突後にジプシーが生きている可能性はきわめて低い。
たぶん、死んだのだろう。
こうして、決闘は終わったが、ジャック自身も全身にひどい傷や打撲を負っていた。