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ジャックが「クイックシルヴァー」の仕事に慣れた頃合い、テリという少女が仲間に加わる。仲間には、自分の父親は軍人で転勤が多い、とか、両親はラスヴェガスの劇場ショウタイムで歌っている歌手で、シナトラとも知り合いだ、とか作り話を振り撒く。
どうやら、金も持たずに家出同然にニューヨークに出てきたらしい。そして、家族に現状を知らせるつもりもないようだ。家族と田舎町から逃げ出してきたのだろう。
自転車配送業のメンバーの収入は、一定の歩合での出来高賃金だ。だから、普段よりも多くの収入が必要になったら、マニジャーにいつもより多くの仕事を回してもらうように頼む。そして、いつもより朝早くから稼ぎに出て、より遅くまで配達サーヴィスをおこなう。
なかには、ヴードゥーのようにマニジャーが回す仕事よりも、個人として開拓したヤバい顧客との相対取引をメインにおこなって高額の料金を稼ぐ者もいる。
雇用保険も社会保険もないアメリカ社会には、こういう個人のネットワークや集合によって社会のなかの一定のニーズ(需要)を掘り起こして、サーヴィスを提供し収入を得る「業界」がたくさんある。
こうしてジャック・ケイシイは、クイックシルヴァーというアミーバーみたいな職場(ネットワーク)で働き日々の糧を得る生活を始めた。「新たな自分」捜しを始めたともいえる。
長身で見栄えのいいジャックは女性受けがいい。テリは一目で、ジャックが上流階級に属す生活をしていたことを見抜いた。都会の底辺で生活していても、どこかに優雅で温和な人柄がにじみ出るのだろう。
だから、女性にモテる。
書類を配達に行った会社(オフィス)の受付の女性からデイトに誘われることも珍しくない。そんなとき、ジャックは気がなくても品の良い笑顔を見せて受け流す。
ニューヨークの目抜き通りにあるオフィスビルに配達に行くときも、ジャックは物怖じしない。
いったいに分業の高度化したアメリカ社会では、歴然たる階級格差があるが、いわゆる「低い位置づけ」の職業の人びとも、「人は人、自分は自分」と割り切っているのかもしれない。とはいえ、歴然たる格差序列があるということは、立場の上下について敏感なはずだ。だから、誰もが上昇(セレブ)をめざしたがるのではないか。
さて、ジャックは物怖じしないどころか、頭の回転の速さとか洞察力、そして茶目っ気を出して「遊ぶ」。
たとえば、ビルの上層の階に配達に行くときにエレヴェイターに乗るとしよう。そんなとき、ジャックは目的の階に止まる直前に、ジャックが降りてから最上階に行くまでにいくつもの階に止まるようにやたらにタッチパネルボタンを押す。配達先のオフィスまで行ってエレヴェイターまで戻る時間を稼ぐためだ。
ジャックが出た後、エレヴェイターはいくつもの階で停止しながら昇りきって、それから下降に移るので、ジャックが降りた階にふたたびやってくるまでに何分もかかる。そのあいだに、ジャックは配達業務を済ませて、エレヴェイター昇降口まで戻り、呼び止めボタンを押しす。
すると、待つほどのこともなく、エレヴェイターは止まり扉が開く。
1階あたりの移動時間、停止時間をまたたくまに読み取り、計算して、必要な停止回数のボタンを押しまくる。
ジャックにとっては合理的かつ能率的この上ないが、エレヴェイターに残された面々には、迷惑なことこの上ない。停止を取り消しする装置はないから、彼らが行きたい階に達するまでに、エレヴェイターはやたらに止まる。時間がかかる。イライラする。