映像物語のなかでもブルーナー博士は、レイモンドの症状を尋ねるチャーリーに、自閉症を説明する。
外部からの情報の知覚の受容と処理過程に障害がある。そして、他者の感情をも理解できないが、自分の感情を表現・伝達することもできない。自分の精神的なアイデンティティを守るために、いつも同じ環境のなかで同じパターンの行動を取り、それが破られると不安や情緒障害を引き起こす・・・と。
いや、レイモンドの場合、知恵遅れとか知能が低いのではない。むしろ、情報を蓄え、判断するという点に限れば、知能はおそろしく高い…。
そういうレイモンドは300万ドルの遺産を相続したのだが、彼にはそもそも金とか財産という観念がない。利得とか金銭的な欲得の意識もない。旅行やレジャー、バカンスなど気分転換や「日常性からの脱却」というものにはまったく関心がなく、むしろ慎ましやかな変化のない日常を繰り返すことを求める人生。
そういう事情を知ったチャーリーは苦笑した。
巨額の資産を受け取った本人が、金の価値や世の中での意味を知らないなんて。
ところで、チャーリーは20代半ばだが、レイモンドはそれよりも16、17歳くらい年長(40台のはじめ)のようだから、かなり年齢の離れた兄弟だ。この年齢差が物語の行方に大きな影響をもたらすことになる。
レイモンドは曜日ごとに決まったテレヴィ番組を見る――「クイズショウ」とか「テレヴィ裁判」とか。それが固定的なスケデュールになっている。見ないと途端に、情緒障害を起こすことになる。
というようなレイモンドの事情や生活環境を理解した途端に、チャーリーの心には、金儲け事業での成功を競い合い、金を分捕り合う「したたかなヤッピー」としての本領が働き出した。他人を自分の収益のための手段として利用したがる行動スタイルが。
チャーリーはレイモンドに散歩に行こうと誘った。介護係のヴァーンは「庭の池のアヒルを見せてやりなよ」と勧めた。レイモンドの実の弟だからと安心していたようだ。
というわけで、チャーリーはレイモンドを外に連れ出すことに成功した。
このまま、レイモンドを連れ出してしまえば、彼の身柄を取引条件とすれば、遺産相続争いでかなり優位な立場を手に入れることができそうだ、と判断した。で、スザンナには「施設から連れ出す許可を受けた」と嘘を言って、レイモンドを連れ去ることにした。