マーストン博士は、ブルーナー博士とチャーリーを立ち合わせた上で、レイモンドと面談して質問した。
「あなたは、ブルーナー博士の施設でこれまでどおりの平穏な生活を続けることを望みますか」
「はい。施設でこれまでと同じように生活したい」とレイモンドは答えた。
「では、チャーリーといっしょに生活するのはどうかな」と2つ目の質問。
「はい。チャーリーは私のメインマン(最も信頼できる友だち)です。彼といっしょに暮らしていきたい」とレイモンド。
レイモンドは、この2つの選択肢は同時に成り立つことがないことを理解できない。そこで、マーストンはレイモンドに説明した。
「いや、レイモンド、施設で生活することとチャーリーと暮らすことの両方をすることはできないんだよ。どちらか1つを選ばなければならないんだ」
レイモンドは当惑した。混乱してしまったが、答えた。
「私は、施設で暮らし、メインマンのチャーリーといっしょに暮らす」
この2つが「社会制度」つまり「世間の仕組み」のなかでは二律背反であることを理解できないのだ。
マーストンはふたたび説明した。
だが、レイモンドの答えは同じ。だが、混乱は深まっていく。
レイモンドの困惑を見かねたチャーリーが質問を遮った。
「もういい。レイモンドがこんなに混乱しているじゃないか。
やはりレイモンドには専門家の保護が必要だ。だから、ぼくはもう施設に戻るのに反対はしない。
だけれど、ぼくらは兄弟なんだ。たった2人の兄弟であり、肉親なのに、会うこともできないなんて。ようやく兄がいることを知ったのに、ふたたび離れ離れに暮らさなければならないなんて…」と理不尽さを訴えた。
これを見たマーストン博士は、レイモンドは施設で保護されるが、2週間に1日の割合でチャーリーはレイモンドと会うことができるという条件を認めた。チャーリーはレイモンドの生活や心の平穏にとって阻害要因ではなく、家族として会う必要があること、レイモンドの心の安定にとって必要な存在として認められたのだ。
だが、ひとまずの別れがやって来た。
レイモンドは、ブルーナー博士とともに列車でシンシナティまで帰ることになった。レイモンドの安心・安全のために列車での移動となった。そこで、チャーリーはレイモンドを駅に見送りにいった。
チャーリーはレイモンドをプラットフォームまで連れて行った。そして兄の身体を押して列車のデックに乗せた。レイモンドはしばらく分かれがたい風だったが、やがて客車のなかに入っていった。チャーリーが声をかけると、ふたたびデックに出てきた。そして、彼なりに名残りを惜しむと指定席に戻っていった。
やがて列車は走り去っていった。見送るチャーリー。深い寂しさが襲った。
だが、表情は明るかった。これから定期的にレイモンドと会えるのだから。金儲けばかりを追いかける生活とはおさらばだ。心はずっと豊かになった。
映画の物語については、これでおしまい。
さて以下では、「自閉症」という症候群に関連する話題を取り上げる。