ときは1936年、アメリカ合州国イリノイ州のジョリエット。
大都市シカゴの南西に位置する衛星都市で、厳しい不況の風はこの小さな町では、ことのほか強く吹きすさんでいた。街には失業者があふれていた。
この街で、目端のきく若者、ジョニー・フッカーは、エリー・キッドや黒人のルーサー・コールマンと組んで、ケチな詐欺やイカサマ、かっぱらいなどを生業としていた。
普段彼らが手に入れる金額たるや、たかが知れたものだった。
世は大不況で、彼らの参入したビズネスは、貧しい庶民どうしの騙し合いにすぎなかったのだ。
けれども、賭博や娯楽産業、売春をはじめとする裏社会のビズネスには、巨額の金が流れ込んでいた。このビズネスを取り仕切る「闇の組織」は膨張し、そのボスたちは大きな権力と資産を誇示するようになった。
彼らは、ニューヨークやシカゴなどの巨大都市に本拠を築き、大都市の内部はもとより、地方の中小都市にも賭博や歓楽業の前線基地を配置し、地方の成り金や貧しい庶民からも金を巻き上げていた。
同じ裏社会のメンバーでも、巨大な賭博シンディケイトと零細なイカサマ師たちとは、住む世界が違っていた。
ところが、今回、3人がカモにしたのは、シカゴに本部をもつ賭博組織の売上金の運び屋だった。このシンディケイトのボスは、冷酷非情、欲の深さで知られたドイル・ロネガン――アイリッシュ系マフィア――だった。
ロネガンは、賭博ネットワークの「裏稼業」のほかに、「裏稼業」で蓄えた潤沢な資金を元手にして合法的な銀行業をニューヨークで営んでいた。いまでは、銀行業の方が中心になっていて、ロネガン自身はニューヨークに居住していた。
ある日の午後、ジョリエットの事務所で売上金を受け取った運び屋が、道に出たところで、辻強盗事件が起きた。初老の黒人の男が、刃物をもった男に切りつけられて財布を奪われたのだ。
強盗は財布をつかんで逃げ去ろうとした。
そのとき、ひとりの若者が通りすがり、自分の鞄をその強盗の足元に投げつけて転がし、奪われた財布を取り戻した。
初老の男は、若者に礼を言うと、負傷して歩けない自分の代わりに、財布のなかの大金をある場所に届けてほしいと頼んだ。だが、若者は断り、近くにいた運び屋に金を届ける役を引き受けるように説得した。
運び屋は、預かった金を横取りできると踏んで、頼みを引き受けた。
運び屋は黒人から金を受け取ると、賭博の売上金をそのままに、上着の内ポケットにその金をしまおうとした。
そのとき、若者が運び屋に、用心のために別の所持金も出して預かった金といっしょにして油紙と布にくるんで、ズボンのベルトに挟んで隠す方法を実地にやって見せた。「こうやるんだ」と。
じつはこのとき、若者は大金を包んだ布と紙くずを包んだ布とをすり替えていた。
運び屋は、そそくさとタクシーに乗り込み、まんまと大金をせしめたと大喜び師ながら、布の包みを出して中身を見ると、紙くずだけだった。
だまされたのは、運び屋だった。辻強盗事件を演じたのは、フッカーとルーサー、キッドの3人組で、彼らは1万1千ドルもの大金を手に入れた。
この運び屋の失敗は、まもなくシンディケイトとボスの知るところとなった。
「なめられるな」と、権力の維持には体面が何より重要と信じるボス、ロネガンは配下の殺し屋2人に、運び屋を嵌めた3人組の追跡と殺害を命じた。そして、運び屋は、これまた見せしめのために殺されてしまった。