まず、物は試しということで、ロネガンは偵察を兼ねて、ケリー=フッカーの提案どおりに勝ち馬の情報を手に入れて、ショー=ゴンドーフのサロンに乗り込むことにした。
その日がやってくると、ケリー=フッカーとロネガンは通りの向かいのカフェで待ち合わせて、段取りを打ち合わせた。
段取りはこうだ。
どのレイスでどの馬が勝つかという情報はカフェの電話で知らされるようになっている。
あらかじめ決められた時間にこの店の電話が鳴る。受話器をとると、「第何レイスの何某の馬」という短い伝言が来る。
すると、すぐにサロンに出向いて、券売の締め切り時間までに馬券を買うのだ。その間わずか数分。
したたかなロネガンは、ケリー=フッカーを脅して初回の馬券代2000ドルを巻き上げた。証明のために自腹を切れというわけだ。
ある日、カフェの電話から勝ち馬の伝言を受けたロネガンは、側近と用心棒の2人の手下を引き連れて、ショー=ゴンドーフのサロンに現れた。
ショー=ゴンドーフはロネガンと顔を合わせると、「現金をもってきたか」と露骨な厭味を言った。2人の神経戦と駆け引きが始まった。
フッカーは、ロネガンにそれとない「目配せ」を送った。ロネガンは、伝言どおりの馬券に賭けた。
店内のサロンは常連客で混んでいた。ロネガンは部屋の隅のテイブルに場所を取った。テイブルの向かいにはエディー・キッド。隣のテイブルには、イングランド人のジェントルマンが悠然と座っていた。
裕福そうなジェントルマンはサロンの格を示す飾り道具で、エディーは場の盛り上げ役。競馬賭博に熱くなった庶民を演じている。
ロネガンはレイスの下馬評をエディーに聞いてみた。
するとエディーは競馬新聞を振りかざして、「このレイスは本命がダントツだ。あんたが賭けた馬は問題外だ」と言い切った。ロネガンが賭けた馬はいわば大穴(the long shot)だったのだ。
ロネガンは、新聞の下馬評(人気)と自分が入手した情報のどちらが当たっているかという結果に興味を持って、成り行きを見守った。
そのレイスが始まった。「実況中継」をアナウンスするのは、J・J ・シングルトン。適当に選んだレイスの模様(じつは電信の通信文)を本物の実況放送のように読み上げ、白熱したレイスを演出した。
レイスでは結局、ロネガンが賭けた馬が勝った。本命に賭けたエディーと英国紳士は、落胆振りを巧みに演技した。
今回の方法でロネガンが入手した情報の精度と価値がいかに高いかを知らしめる演出だ。
これで、ロネガンはショー=ゴンドーフからポーカーで負けた金額のほとんどを取り戻した。してやられた格好のショー=ゴンドーフは、悔しがり、ケリー=フッカーに当り散らした。
ケリー=フッカーが気紛れなボスに不当に扱われていて、不満をもっている雰囲気が漂った。