歴史上のこれまでの尊大な独裁政権の例にもれず、ノースファイアーも大々的な「象徴の操作」によって、自らの統治の正当性を喧伝し民衆を誘導しようとしている。シンボルのイメイジをことのほか重要視するノースファイアーにとって、ロンドン中心部のオールドベイリーの爆破事件はとんでもない事件、危機の兆候となるはずだった。
といって、あまりに目立つ事件ゆえに、もはや民衆の目から覆い隠すことはできない。とすれば、事件を自分たちの都合のよいように捻じ曲げて、演出して報道するしかない。
BTNのテレヴィ・ニュウズは、ノースファイアーの命令にしたがって、 「建物の老朽化が目立ってきて安全性が不安視されているオールド・ベイリーは、政府の政策によって爆破解体されました。これに代わって、新しいベイリー塔が建設される計画です…」と報道した。
「BTNがまた阿呆らしい大ウソを宣伝しているよ」
大多数の人びとは、家のなかでテレヴィを見ながら、そう言い合っていた。強権づくの統治は、たちどころに民衆に嫌われるのだ。民衆の圧倒的多数派は、政権による低劣な情報操作と言論弾圧にすっかり辟易している。だが、剥き出しの暴力による抑圧に委縮していて、批判や抵抗をおこなうことができないでいるのだ。
独裁政権の指導者たちには、耳触りのよい情報しか入ってこないから、沈黙する多数派民衆の声は届くはずもない。市民たちの意識のなかに憤懣や反抗心が昂じてきても気がつかない。
サトラーはこの事件に対処するために情報および警察当局の責任者を招集した。そして、民衆にはBTNをつうじて当局に都合のよい虚偽情報を放送させ、同時にVを早急に捕縛するように命じた。
ヤードのフィンチ警視は、前夜、警察の警戒網に捕捉されたイーヴィという若い女性を「V事件の関係者または重要参考人」として拘束し、尋問することにした。翌日、フィンチは直属の副官を引き連れてBTN(イーヴィの勤務先)を訪れた。
その日もイーヴィは、オフィスクラーク(雑用係)として郵便物や荷物の配達をしていた。が、フィンチ警視たちが自分を拘束しにやって来たことを察知すると、逃げ回り隠れた。
ところが、とき同じく、VもまたBTNにやって来た。もちろん、ガイ・フォークスの仮面をかぶっていて、当局によって指名手配された姿形そのままの格好で。しかも、正面玄関から堂々と乗り込んだ。
当然、エントランスの警備係は銃を構えてVの侵入を阻止し捕縛しようとした。だが、Vが身体を覆ってたマントを翻すと、Vの胴体には爆薬の帯が巻かれていた。Vは右手に握った起爆装置を警備係に見せて、反撃の余地を奪った。そのまま館内に侵入した。
Vは爆薬で威圧しながら送信管制室に入り込むと、現行の放送を停止させて、V自身が用意してきたプログラム・ディスクを管制技術者に手渡して、それを放送するように命じた。管制室のBTN幹部は、脅されているので仕方なく、そのプログラムを送信するように命じた。
こうして、BTNの正規の放送は中断されて、Vが視聴者に向かってメッセイジを伝える映像が流れた。もちろん、メッセイジの内容は、ノースファイアーの独裁と専横を非難するものだった。そして、民衆に対して、当局が流す情報を疑い、批判し、自分の理性と判断力にもとづいて行動するように求めた。つまりは、独裁に対する抵抗を呼びかけたのだ。
具体的には、1年後の11月5日に大事件を起こすので、これに市民が呼応して議会のゲイト前広場に集まり、異議申し立ての抗議行動を起こすようにと煽動した。
Vはそのときウェストミンスター議事堂(とりわけビッグベンを含む貴族院議事堂)を爆破するつもりだった。
「反逆を教唆する」メッセイジ・プログラムの放映を見た当局は、ただちにBTNに武装警察隊を送り込んだ。そして、フィンチの指揮によって、Vによって制圧されている放送管制室に突入した。
管制室は煙幕が充満していた。そして、そこにいた放送局のスタッフ全員がガイ・フォークスの仮面をかぶり黒いマントをはおっていた。仮装を強要されたのだ。V捕縛にはやっていた警官隊は虚を突かれてしまった。
管制室には時限措置がついた爆薬が仕かけられていた。警察はどうにか時限装置を解除した。
Vはこれまた堂々と引き上げようとしていた。ところが警部がVを発見した。フィンチ警視はVの後ろに回って銃を突きつけて静止を命じた。ところが、そこにイーヴィが来合わせていて、警視に後ろから催涙スプレイを噴つけた。
フィンチはガスを浴びながらもイーヴィを殴って昏倒させた。だが、反撃に転じたVに殴られて失神した。Vは、仕方なくイーヴィを隠れ家に運び込むことにした。というのも、イーヴィはVの関係者として当局から目をつけられていて、拘束を免れない状況に置かれているからだ。
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