第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第1節 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆
この節の目次
ところで1291年、レヴァントのアッコンがエジプトのマムルーク王朝によって占領され、イェルサレム王国は崩壊した。これで十字軍が打ち立てた拠点はすべて失われた。この変動で、イタリア諸都市が東地中海・レヴァント方面で保有していた通商経路の多くが一時的に切り崩されたため、イタリア商人たちは地中海西部と北西ヨーロッパに向けて貿易圏を拡大していった。
1277年にはジェーノヴァのガレー船がイベリア半島を回航してフランデルンに到達し、翌年にはイングランドに上陸した。この海上交易路にはやがてヴェネツィア商人も参入した〔cf. Mcneill〕。イタリア商人たちは1298年には、ジェーノヴァから陸路でフランデルンに到達し、さらに対岸のイングランド南部やアイルランドを結ぶ交易路が開設された。大西洋(イベリア諸港)を経由して北イタリア・地中海と北海を結ぶ貿易航路が組織された。
北イタリアからネーデルラントに向かう内陸通商路は、シャンパーニュ地方に結集地をつくった。その地方の諸都市には、フランデルンからの交易路も接続し、ラインラントやノルマンディ、ブルターニュからの陸路も結びついた。
やがて、イタリア人が開拓した航路および陸路での交易が定着すると、それまでは毛織物などの製品をともなってイタリア方面に向かっていたフランデルン商人の遍歴通商はなくなり、イタリア諸都市の商人たちが交易と交易路を支配するようになった。
さて、13世紀にはすでにヨーロッパには多数の小規模な君侯・領主権力が独立の政治体として分立割拠し、生き残り競争をしていた。帝国レジームのような巨大な政治組織が、諸都市や商人たちの行動を統制し、苛酷な課税によって富と権力の蓄積を阻止してしまうような事態はなかった。ゆえに、遠距離通商と都市が独特のダイナミズムで成長することができた。
だが他方で、各地に割拠する君侯・領主権力は、局地的にあるいは短期的には通商路を遮断したり、重税をかけたり、優遇・提携する都市団体や商人グループを取り換えたりすることもあった。さらには、君侯・領主たちのあいだの戦争が交易拠点を破壊したり、妨害したりすることもあった。戦乱が長引けば、別の交易路がつくりだされ、別の都市に交易拠点が移ってしまうことがあった。
中世晩期の遠距離貿易は、こうした不安定な軍事的・政治的環境のなかに置かれていた。
とはいえ、総じて多数の小規模な君侯や領主層の統治圏域への分裂というヨーロッパの軍事的・政治的状況は、特権的地位を得て広域的な貿易を組織する商人たちに〈商業利潤の資本としての蓄積〉の機会を保証した。
たしかに、君侯や領主たちの支配圏域で交易をおこない、通過するためには、通商特権の認可と引き換えに何がしかの賦課金や税を上納しなければならなかった。つまり、商業利潤の分配への君侯・領主層の参加を余儀なくされたが、彼らの競争状態のおかげで商業利潤の大部分を収奪されるような負担は回避できた。過度な課税は、富裕商人を競争相手の地に追いやってしまうからだ。
むしろ君侯領主たちは、商人を定住させて都市の人口や商工業を成長させるために、商人を優遇する――流通税や関税の免除や減免、取引自由権や市場開設権の付与など――場合が多かった。そして君侯領主たち自身が、遠距離商人に所領から収取した生産物を売り渡し、彼らが持ち込む奢侈品や武器などの顧客となった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3節
西ヨーロッパの都市形成と領主制
第4節
バルト海貿易とハンザ都市同盟
第5節
商業経営の洗練と商人の都市支配
第6節
ドイツの政治的分裂と諸都市
第7節
世界貿易、世界都市と政治秩序の変動
補章-3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
補章-4
ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望