第2章 都市=商業資本の成長と支配秩序

この章の節の目次

第1節 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

  この章では、ヨーロッパ世界経済への序曲を扱う。
  交易一般ではなく、世界経済の出現につながるような交易の成長の歴史をあとづけることになる。つまり、ヨーロッパ諸地方の局地的自立性を突き崩してそれらを単一の広域的な社会的分業体系のなかに編合し、各地での権力の集中を帰結するような商品流通の展開とその担い手たちの勃興を描きだすことがテーマである。
  とりわけ遠距離貿易商人 Fernhandler の――都市の寡頭支配 Oligarchie と結びついた――特権や権力が、なぜ、どのようにして生じてきたのか、そして世界経済をつくりだすような傾向にどのように結びついていったのかを追究すること、これがここでの目的である。

  そしてその趨勢は、ヨーロッパ諸国家の形成過程を方向づけるはずの独特の経済的・政治的・軍事的環境をつくりだしたのだ。つまり、都市と商業資本の権力、そして世界市場は、ヨーロッパ諸国家の形成に多数の条件を提供し構造制約したのだ。

  世界経済の形成へのダイナミズムは、ヨーロッパの南と北で、すなわち地中海方面とバルト海=フランデルン方面という2つの地域で動き出した。ともに「ヨーロッパ文明圏」の縁辺にあって、ヨーロッパを構造化するような商業文化が出現した。
  このヨーロッパの商業文化は、一方ではヨーロッパ外部の世界に進入してその外延を拡張していきながら、他方ではヨーロッパ文明の中心部と総体の秩序を組み換えていくという動きを内包していた。

  私たちは、まずはじめに地中海方面で出現した貿易圏を考察する。
  この貿易圏には、絶えず変動する独特の軍事的・政治的環境があった。それは、地中海貿易圏をつくりだす要因であるとともに、この貿易圏の運動によってつくられた結果でもあった。地中海での遠距離貿易は、北イタリア諸都市に商業資本の結集拠点と貿易圏全体に広がる権力ネットワークを生み出したのだ。
  そのネットワークの中心となる北イタリアでは、多数の都市国家の対抗や同盟をつうじて軍事的・政治的秩序が組み換えられていった。私たちは、この過程をヴェネツィアのヘゲモニーの掌握と変動を軸にして描き出そうと思う。

  ところで、キリスト教徒の戒律として金利をつけた貸金は禁じられていた。中世ヨーロッパではユダヤ人やアルメニア人などが一般都市住民とは分離された生活を営みながら貸金業を営んでいた。ところが、イタリアではどこよりも早くキリスト教徒ヨーロッパ人が金融業を営むようになり容赦なく利子を取り立てるようになった。
  このことが、北イタリア諸都市の商業で資本蓄積と集積が急速に進んだ最大の原因ではなかろうか。地中海貿易圏と北海=バルト海貿易圏とが融合してヨーロッパ世界市場が形成される過程で、最初の局面でイタリア商業資本が主導権を握ったのも、また金融権力の大きさによるものだったと見られる。

  続いて、ごく大まかにヨーロッパ中部における都市の形成過程を見る。
  これは、ヨーロッパ貿易の「北の極」の考察であって、その次の考察に進むための予備的作業である。この考察は、中世ヨーロッパ秩序のなかで都市と商人はどのような位置づけを与えられ、その秩序をどのように変形していったのかを見るための出発点となる。
  それを土台に私たちは、北部ドイツの都市群が北方と東方の縁辺に通商路を拡張して、ハンザという都市同盟を形成しながら、バルト海・北海方面に統一的な貿易圏を組織していく動きを考察する。

  そして、世界貿易の成長には商人の経営組織の革新がともなっていたので、――商人企業の経営環境をなしていた都市の政治的・経済的・社会的な状況との関連において――商業資本の権力の伸長を経営組織や経営管理形態の転換という側面から分析する。
  ここでも、広域的な貿易圏の形成が周囲の軍事的・政治的秩序をどのように変形させたのか、また、変動する軍事的・政治的環境が貿易圏と都市、そして商業資本の権力にどのような影響を与えたかに注目する。

  この研究では次のような考察手順を考えている。まず、イタリアやゲルマニアをめぐって強力な上級の君侯権力が出現しない環境で都市と商業資本の成長を考察する。次にネーデルラントについて、強力な王権国家は成長しないけれども都市群が結集=同盟して独特の政治的・軍事的組織を形成した経験を分析する。そのあとで、強大な王権が形成されたさまざまな地域――エスパーニャ、イングランド、フランス、スウェーデン――での国家形成の試みを検討するということだ。
  つまり、国家という特殊な政治的=軍事的単位が時間と空間を移しながら――偶然の連鎖をつうじて――試行錯誤的に生み出されていく過程を描き出そうと意図しているのだ。もとよりこの研究の射程範囲に入っている諸段階では、それらの歴史的経験の当事者たちは「国家をつくろう」と意識・意図していたわけではまったくなかった。あくまで偶然の連鎖の結果でしかないのだが。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望