第1章 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
この章の目次
独特の社会システムとしての資本主義がヨーロッパで成立し、やがて全地球的規模にまで膨張していく歴史的過程をトータルにあとづけることが、この研究全体の目標である。
そのさい発想の根底にあるのは、それぞれの時期における軍事的・政治的秩序としての諸国家体系のありようと結びつけて資本の支配の構造を描き出すこと、そして資本の権力の砦としての都市のありようを世界経済的文脈のなかに位置づけて描き出すという目的だ。そのことは前章で述べた。
その発想にもとづいて、ここでの論述は、ヨーロッパ中世から近代への移行、ならびに世界的な支配体系としての資本主義の出現・成長・変動――諸国家の形成と展開を不可避的な要因として織り込みながら――をめぐるパラダイムの骨格あるいは見取り図を描くことを目的としている。
このパラダイムや見取り図は、いくつかの独特の視座から描き出されるはずだが、それによって既成観念を打ち砕き、新しい地平に資本主義的世界経済のイメージを投影したいと考えている。
現実に存在してきた資本主義的世界経済の歴史的構造を理解するためには、抽象的な資本主義像ではなく、資本主義を具体的総体において把握する認識方法と概念体系が必要である。そのさい、「資本主義のトータルな認識」というテーマについて実に魅力的な仮説を提示したマルクスの方法論を踏み台にしてみよう。
私たちはすでに彼の仮説の限界を見極め、私たちの考察の戦略を素描しておいた。ここでの考察の出発点として、マルクスの概念体系の意味と限界を確認しておこう。マルクシズムの主流は、この限界を超え出るような資本の概念体系を発展させることができなかった。
この方法論上の欠陥は、マルクシズムにかぎらず、社会現象を「純粋な状態で認識すればよい」という、あらゆる立場の社会理論・経済理論・政治理論に共通に見られる。だが、〈事象をその純粋性において理解する〉だけで終わってしまうのならば、その認識の限界に対する外部からの批判や学際的研究を拒否することと同じことである。
いわく「君たちの指摘することは外部的なファクターである」「外部的な諸事情がノーマルに進展すると仮定して、事象の内在的な論理を追究したのだ」と。
たしかに複合的な現象は一度に認識できないから、いくつかのより単純な事柄に分解して解明する作業は必要である。しかし、自らの研究が何を切り捨てたのかを自覚し、自らが対象とした事象と捨象した事象との連結関係や相互作用にいたる道筋、あるいはそのような相互作用によってどのような複合的結果が出るのかを提示しなければ、認識の正しさが検証できない。
そこで私たちは、ある理論をより包括的な体系のなかに組み込んで、現実の歴史の姿に近づけた複合的な像を描き出したい。
前章で述べたように、《資本》を含めた《政治経済学批判》の体系では、事象を単純化し、その観念的平均において捉えるため、以下の2点が前提されている。
①全商業世界(世界市場)が単一の国民 eine Nation からなること
②こうした世界市場のどこでも、あらゆる生産部門で資本主義的生産様式が成立していること
つまり、諸国家への政治的分割がない単純な世界経済の全域において一様に資本主義的生産様式が浸透している、という構図である。この仮定は、ひとまず単純な諸カテゴリーを規定し、それらを複合しながら具体的総体に迫るために必要な手続きである。
とはいえ、このような抽象次元で資本主義を論じてみても、私たちが理解しようとしている具体的な、歴史的に動態的な資本主義的世界経済には迫ることができない。というのは、この2つの仮定は、現実の世界経済の編成にとって決定的な、次の2点を捨象しているからだ。
①その発生から現在まで、世界市場は(政治的・法的に)複数の国家に分割されてきたこと
②世界経済には、資本主義的生産様式以外のいくつかの生産諸形態が、資本主義的生産様式に従属し変形されながら存続していること
要するに、この2点を織り込みながら世界経済を理解しなければならない。
つまり、マルクスが叙述した「単純なまたは純粋な資本主義的生産様式」の理論が描き出した資本蓄積過程と階級関係に〈世界市場の諸国民国家への分割〉〈多様な生産形態・労働形態を包摂した資本の支配〉という文脈を織り込んでいかなければならないということになる。国民国家の存在を所与と前提すれば、そのごく大まかな論理は以下のようになる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー