スコットランドヤードのジューリー・ヘイルズ警部はロンドンの上司=警視(部長)にこの状況を報告して、今後の動き方について指示を受けた。
スコットランドヤードの方針としては、シドニー警察に犠牲者が出てしまった以上、これまでに判明した事実や状況判断をオーストリア連邦警察(保安情報機関)に伝えるしかないということになった。とはいえ、イアンは逃亡し証拠が何もないので、オーストリア側としては、核兵器奪還作戦に関しては、大きな疑いを抱いていた。
だが、ここに来て、MI6の暴走がブリテン国家装置の内部で暴露されてしまったわけだ。
MI6の作戦部長はチャールズにただちに作戦を中止して、事実をロンドン警視庁に報告し、しかるべき担当機関に任務を引き渡すよう命じた。
ところが、チャールズは作戦を独断で継続することにした。というのも、ここで作戦を投げ出せば、彼自身はMI6では作戦の「致命的な失敗者」としての烙印を押され、このあとのキャリアの上昇の道が閉ざされるばかりか、今のポストさえ失いかねないからだ。
国家装置で働くエリートたちは業績の優劣をめぐって激しく競争し合っている。足の引っ張り合いだ。だが、彼らの心理としては「俺が国家の安全保障の先頭に立っているのだ」という自負があって、自己の肥大化が生じている。
何としても、作戦を成功させて名誉挽回をするしかない、という意地に凝り固まってしまったのだ。そのために、暴走を抑えようとする同僚のシャノンを殺害してしまった。
■イアンの決意■
一方、イアンは――極秘に接触してを求めてきた――ヘイルズ警部との連絡で入手した情報の断片から、ピッパを抹殺した襲撃者たちがブリテンの軍または情報部の関係者によって雇われたらしいことを知った。イアンとしては、チャールズを疑うに足る理由だった。
だが、彼はそんなことも知らぬげにチャールズに連絡を入れた。「作戦を継続する」と。
そして、セルゲイをシドニーに呼び出すことにした。
おりしも、セルゲイは小型核兵器の買い手との契約にこぎ着けたので、イアンに連絡して、起爆装置の鍵と暗証番号の引き渡しを求めてきた。イアンは、引き渡しを拒否して自分も取引――核兵器の引き渡し――に立ち会うと言い張り、セルゲイがシドニーを訪れてイアンと合流せざるをえないように仕向けた。
だが、イアンは腹のなかでは、セルゲイを破滅させると同時に、独断で作戦を指揮してピッパを殺させたチャールズをも破滅させるような手立てを段取りしていった。
とはいえ、セルゲイもそろそろ邪魔になってきたイアンを排除(抹殺)しようと考えていた。そこで部下たちに、イアンを探し出して拉致するように命じた。そして、鍵と暗証番号を受け取ったのちには、殺すように命じた。
もちろん、イアンはセルゲイがそのような動きをするであろうことを読んでいた。
イアンはロシアンマフィアの追及・襲撃から逃れて、ある娼婦館に逃げ込んで、セルゲイの到着を待った。