さて、オーストリア連邦警察と安全保障情報機関 ASIO は、ヘイルズ警部を加えて、小型核兵器がロシアンマフィアによってシドニー市内に持ち込まれているものと想定して捜査・探索を始めた。
シドニーの暗黒街でのロシアンマフィアの動向を探るうちに、マフィアの事務所にスーツケイス型核兵器が持ち込まれていた痕跡をつかんだ。放射線測定機が、マフィア事務所の一室で高い残存放射線量を記録したのだ。
そうするうちに核兵器取引の期日がやって来た。
イアンは、MI6のチャールズには核兵器の海上への搬出の時刻を2時間以上も遅い時刻として通報した。つまりは、チャールズが核兵器奪回について余計な策謀を発動することを不可能にするためだった。
ASIOとヘイルズは、セルゲイの動きを察知して、シドニー港の埠頭まで追跡していった。
一方、イアンは、セルゲイを出し抜く形で、その埠頭に現れた。そして、強引に核兵器の搬出と引き渡しに同行させるようセルゲイに迫った。
そこに、セルゲイたちを沖合の船舶まで運ぶためのヘリコプターが現れた。その船が取引場所なのだ。ASIOは、ロシアンマフィアの終結場所が埠頭だということから船舶による運搬ばかりを考えていたので、ヘリの捕捉までは手が回らなかった。
そのため、当局の追跡を振り切って、セルゲイとイアンは核兵器を携帯してヘリに乗り込んで飛び去ってしまった。
オーストリア首相府とASIOはただちに空軍に出動を命じた。ジェット戦闘機を2機派遣して、ヘリを追跡し領海内で撃墜せよと命じたのだ。
けれども、ヘリは空軍機よりも早く領海外(公海上)に飛び去ってしまった。
セルゲイとしては、これで核兵器取引は成功し、巨額の代金を手に入れることができると大喜びしたに違いない。
ところが、ヘリの後部座席に核兵器とともに席を占めたイアンは、スーツケイスのふたを開けて鍵を差し込み起爆装置を起動させ、1分後に爆発するように設定した。ロシアンマフィアによる核兵器取引を阻止するためだ。
愛息ルイス、愛妻ピッパの後を追って自ら死を選んだのだ。
空軍機が領海の境界で旋回して引き返してから数十秒後、シドニーの沖で核爆弾が爆発し、強烈な閃光がオーストリア大陸東岸を照らし出した。直後に海上に巨大なキノコ雲が膨れ上がった。キロトン級に満たない破壊力だったのかもしれないが、核爆弾には違いない。相当の核汚染は発生しただろう。
■チャールズの破滅■
翌未明、オーストリア東岸沖合での核爆発のニュウズは世界中に伝わった。
この核爆発事件は、担当者個人の暴走の結果だとはいえ、組織としてのMI6の作戦の失敗によるものだ。メディアに知られると、ブリテン政府内閣の崩壊になる大スキャンダルだ。
SISの部長は、チャールズにただちに出頭して査問を受けるよう命じた。だが、チャールズは精神の平衡を失ったまま、オフィスを出てロンドンの市街をさまよったあげく、走ってきた乗用車に飛び込んで自殺してしまった。