取り残されたゴムボートには、シュリューターが乗っていた。彼には、もはや逃れる道がなかった。水雷艇は、ウーボートの進路を予測して水雷(爆雷)を投下したが、ウーボートを補足・破壊することはできなかった。
しかしながら、水雷艇は脱走ドイツ兵を指揮していたシュリューターを捕えることができた。なにしろ彼は、脱走を指導していたナチス本部との連絡網を掌握していた捕虜グループのボスだった。だから、ブリテン側としては、彼からたっぷり情報を引き出すことができるはずだった。
シュリューターは、収容所内でのいく度もの反乱や殺人の首謀容疑者である。その刑罰は銃殺だろう。シュリューターは、潔く銃殺されるか、命と引き換えに情報を売るか、選択を強制されることになろう。
ブリテン側は、軍事法廷で銃殺刑を確定させておいてから、執行を延ばすだけ延ばして生きながらえさせ、そのあいだにドイツ軍の後退と敗色濃厚化の状況を見せつけて、精神的に追い詰めて情報を引き出すという作戦に出るだろう。
では、収容所脱走計画の首謀者を捕らえたコナーの立場はどうだろう。
脱走ドイツ兵の大半は逃亡に成功して、ウーボートに回収されてしまった。したがって、軍情報部が求めていた脱走の阻止とウーボートの捕獲ないし破壊に関しては、失敗だった。
作戦の失敗の責任を追及されるのは、間違いない。ことにコナーは日頃の態度がひどいだけに、このさいまとめて責任追及されるかもしれない。カー将軍もコナーを庇いきれないだろうし、ドイツ兵の脱出を許してしまった作戦を指揮した将軍自身の立場さえも危ない。
最後の場面で、コナーは崖の上から、シュリューターたちのボートが水雷艇に捕獲される様子を見ている。
それまで、シュリューターはブリテン収容所からの脱走という目的のためには、平然と同胞を虐殺し、トンネル掘りのために同胞を情け容赦なく酷使し、挙句の果てに、脱走決行時にはヒュッテを崩壊させて同胞を生き埋めにした。彼にとって、仲間の兵たちは、目的達成のための手段=捨て駒にすぎなかった。いつでも、自分の身の安全のために切り捨てるべき存在だった。
ところが、今度は、自分がウーボートの安全のために見殺しにされ、置き去りにされ、打ち捨てられた。そのときのシュリューターは、ウーボート(の兵たち)を口汚く罵った。
だが、戦争での駆け引きとはそういうものである。全体としての軍組織の力の保持とか安全のために、価値が低いと認められた兵団や人びとは、見殺しにされ、見捨てられるのだ。シュリューターがどれほど強い自意識(肥大化させた自意識)をもっていようが、しょせんは戦争という巨大な権力闘争の仕組みのなかの「小さな歯車」でしかない。軍組織のなかで決定権を保有する人びと(将帥や上官)は、そういう理由で同胞を見捨て、自己保身をはかっていくのだ。
だが、運が悪ければ、いつかは自分に「スケイプゴウト」の順番が回ってくることになる。「権力の走狗」とはそういうものだ。
「ナチスの軍エリート」とされてきたSS兵員たちは、それまで一般兵員や市民に対して「自己犠牲」「国家への義務」を声高に求めてきた。だが、敗色濃厚になり戦線が崩壊し始めると、おしなべて同胞や仲間を見捨てて非常に醜く卑怯な逃亡をはかった。
狂信的なナチス党員だったシュリューターもまたこのあと、自己保身のためにブリテン軍情報部に身をすり寄せて情報を提供することになるだろう。