父親たちの星条旗 目次
政治の手段としての戦争
見どころ
あらすじ
「誤算」の日米開戦
真珠湾攻撃
日本の海軍の無能さ
軍産複合体
戦争の「悪夢」
山頂の6人
山頂に星条旗を掲げる
戦時公債キャンペイン
事実 truth とは何か?
アイラの脱落
それぞれの人生
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戦史・軍事史関係
史上最大の作戦
パリは燃えているか
グリーンゾーン
戦艦ビスマルク撃沈

事実 truth とは何か?

  ここで問題になるのが事実(真実)とは何かということだ。
  財務省が山頂の兵士6人を英雄に仕立て上げた。では誰がこの英雄になるのか。最初の登頂と星条旗樹立の6人なのか、それとも2度目の試みの6人なのか。その2つの場面では2人が入れ替わっていた。

  報道写真は、海兵隊の小隊が危険を冒して、実際に最初に擂鉢山山頂への登頂を試み、星条旗を樹立したときの写真ではない。つまりは事実としての戦闘行為、作戦の実態を反映していないもので、海軍長官と海兵隊将軍の気まぐれな命令によっていわば捏造された「報道用のメイキング写真」であった。
  とすれば、最初の試みに参加した6人を英雄とすると、2度目の登頂以前にすでに戦死していたハンクとラルフが含まれることになる。報道用写真に写っている6人のメンバーにはこの2人は含まれず、代わりにジョンとハーロンが加わることになる。
  政府と報道機関が「英雄としての名誉」をどちらに与えるのかで、遺族への説明や扱いも異なってくる。

  こうして、戦場の真実、事実は幾重にも屈折し歪められ、捻じれ、顛倒した構造になっている。
  そこには、もはやいかなる真実もない。どちらも事実ではありながら、文脈としての真相は成り立たなくなっている。巨大な権力装置としての政府や軍の情報発信、それを受けてのメディアの報道とは、多かれ少なかれ、そういうものなのだろう。
  とりわけ戦争報道については、生の事実、実相というのもはもはやなく、一定の政治的目的に沿って公表や報道のために価値づけされ、構成された「見解」「情報」として加工されたものでしかない。
  物語のなかで苦悩する3人の疑問や不信とは別に、私自身はそのことが気になって仕方がない。


■回想の戦場シーン■
  3人は虚飾のキャンペインを続けながら、恐ろしい戦場のシーンを回想していく。
  山頂に翻る旗は、アメリカ軍による硫黄島占領戦の勝利を意味するものではなかった。日本軍の抵抗はいまだ執拗に続いていていた。にもかかわらず、現地司令部はワシントンの「山頂に星条旗を立てよ」という命令にしたがった。だが、それは硫黄島を制圧したからではなかった。
  山頂に星条旗を樹立したのちも、日本軍の自殺的抵抗・反撃はものすごく、アメリカ兵仲間たちは次々に倒れていく。

  さらに悲惨だったのは、味方(アメリカ軍)の砲撃や銃撃を浴びて殺される者が続出したことだ。日本軍は地下に潜んで抵抗反撃するので、アメリカ軍の兵員配置や陣形・隊形は分断され、前方と後方とのあいだで敵味方が入り乱れる。
  後方の機銃や野戦砲は、前方に動くものを見ると一斉掃射をおこなう。だが、その動く者たちが先遣の海兵隊の小隊・兵員であることもしばしばだった。しかも、沖合の艦艇は、掩護の要請を受けると、敵味方入り乱れた最前線に砲撃を仕かけることもあった。アメリカ兵のなかには、味方の砲撃を浴びて戦死する者も多かったのだ。

  今から50年近く前、少年だった私はテレヴィドラマ『コンバット』のシーンに戦慄したものだ。
  このドラマが描くヨーロッパ戦線では、連合(アメリカ)軍は最前線に先遣の部隊を送り込みながら、彼らが展開する戦場に砲撃を浴びせ続け弾幕を張っているという場面だった。たしかに弾幕は、敵ドイツ軍を撃退し破壊する場合も多いのだろうが、最前線の味方の兵士たちをも殺傷しているではないか。
  主人公たち――軍曹たちの小隊――は、味方による砲撃を受けながら最前線でドイツ兵と対峙しているのだ。
  第2次世界戦争とは、そういうものだったのだ。何という酷い戦いだったのだろう、と戦慄する。
  もはや人員=兵士は、戦場に投入される物量の一部分としてしか判断=評価されない、戦場の過酷な事実がそこにはある。

  連合軍は第2次世界戦争について「ファシズム・ナチズムに対する民主主義」の戦争だという形容をした。けれども、最前線に弾幕を張るために友軍が展開している戦場に砲弾を撃ち込んだ。そこにはもはや、民主主義も人権も、いや兵員の生命への尊重すら欠片もない。民主主義や人権を守るためには、最前線の味方の兵士の生命も人権も蹂躙して構わない、それは目的のための手段だというのか。
  結局のところ、戦争というものは、国家をして人員や資源を動員するために、つまりは――冷静な思考や判断をさせないようにして――人びとを煽動し、虚飾に満ちた作戦や宣伝スローガンを積み重ねさせていくのだろう。

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