さて、どうにか難局を乗り切ったレジナルド・ウォーカーが屋敷に戻ると、地下のワインセラーの扉を開け放ったサイモンが微笑んでいた。室内には、ハーケンクロイツ旗やナチス党旗、ヒトラーとナチスを讃える品々が所狭しと飾られていた。そのなかには、サイモンがヒトラーユーゲントに参加し、誇らし気に右手を前方に挙げて「ハイル・ヒトラー」と叫んでいる写真もあった。それを見て、サイモンは悦に浸っているのだ。
そこには、狂信的な反ユダヤ主義者にしてヒトラーに心酔する、病的なサイモンの思想と精神の一端が覗いていた。
「何をしているんだ。この扉は閉めておかなければならん、といつも言っているだろう」とレジナルドは警告した。
「大丈夫さ。この家にはもうアリスはいないよ。嫌になって出ていったのさ。これで僕は、あの母の思い出とともにいられる」というのがサイモンの返答だった。
レジナルドの二度目の妻、アリスは冷酷な夫と自分になつかずに侮蔑している義理の息子が嫌になって、この家を出ていったのだ。
廃品回収のためにこの邸宅に忍び込んだ子どもたちに猛犬を仕かけさせたのはレジナルドだった。会社の利益を守るためには、他人の命には毛ほども考慮しない夫。ドイツでのドイツ人の母との生活を何よりも大切にしているがゆえに、義母に冷酷に接するサイモンの病的な態度。
アりスにはどうにも耐えられなかったのだ。
さて、フォイルはハリーの殺害犯がサイモンであることを突き止めていた。
そのサイモンが額に銃口を突きつけてまでハリーから取り戻そうとしたものは何か。
サイモンはその後もルーシーを訪ねて、支払いが滞った地代の支払いを免除する代わりに、ハリーが盗み出した物を返すように迫った。
フォイルは、E&E食品を追い詰める証拠になる何かだと考えていた。
そこで、フォイルはマーカム家に出向きルーシーに盗品を隠したと思しき場所を指示して探してもらった。その場所とは、ミツバチの巣箱だった。防護用の帽子やネットを着用したルーシーは、巣箱を探って、布に包まれた純金製の小箱を探し出した。
「誠実で働き者の友人」とはミツバチのことだったのだ。
ところで、英国の秘密情報部は、亡命ユダヤ人の情報網を利用して純金製の小箱がゲシュタポによって虐殺されたユダヤ人家族の所有物だったことをつかんでいた。
サイモン・ウォーカーは、そういう小箱の来歴を知りながら「戦利品」として受け取ったのだ。そして、ナチスからの褒賞であるその小箱を病的な執拗さで取り戻そうとしていた。そして殺人を犯した。殺人罪の刑罰は絞首刑だった。
英独が開戦する1939年9月まで、サイモンと母親(おそらくドイツ出身者)は、ドイツ支社の経営陣としてドイツに住んでいた。サイモン少年は両親――ことに母親――の影響もあって極端な反ユダヤ主義者で、しかも、政権を握っているナチスの宣伝を真に受けて狂信的なヒトラー崇拝者となっていたのだ。