スザーツカは、ピアノに向かうマネクの身体の姿勢を矯正しようとする。鍵盤を弾く指により効果的かつ強く力を伝え、強い緊張を強いられる繊細な腕・手の・指の動かし方にも、長時間の演奏にも耐えられるようにするためだ。
だが、慣れない姿勢は、骨と筋肉を慣れない動かし方で使うことを意味する。使ったことのない筋肉を酷使するわけだ。そのため、マネクは筋肉痛を起こす。
で、スザーツカは、1階の整体師、コードルの治療を受けるように指示する。
そんなわけで、マネクはコードルと知り合った。
ところで、コードルはある夜、外出した帰りに若者の暴漢集団に襲われてしまった。この頃の、ロンドンの旧中心部では治安が悪くなっていたのだ。
ブリテンでは、とりわけ15歳以上の若者の半分以上が就職の機会を奪われ、高等教育の場にも進むことができず、人生の目的や将来への希望が持つことができなくなっていた。
そうなれば、閉塞感や捨て鉢な怒りを、無軌道で刹那的な暴発ともいうべき行動にぶつけるしかなくなってしまう。こうして、「若者ギャング」と呼ばれた徒党集団があちこちに自然発生して、暴力が横行することになった。
彼らは人気のない時間、場所で、老人や女性など、弱い立場の人びとを襲い、金品を奪うとか、商店を襲って掠奪するとか、粗暴な犯罪に手を染めていった。
コードルへの襲撃は、そういう状況が旧中心街でも高級住宅街だったところにまで、迫っているという事情を物語っている。
だがそれでも、運よく、レッスンが長引いてエミリー宅を出たマネクが襲撃場面を目撃して、大声を出して駆けつけたため、顔や手足に傷を負ったものの、金品の略奪や重傷になるほどの被害は防ぐことができた。
マネクは、コードルを部屋まで運び込んで、応急手当を施した。
この事件がきっかけとなって、コードルとマネクは年の離れた親友になった。
一方、コードルの災厄を知ったエミリーは、近隣の治安の悪化を心配して、やはり家を売却しようかと思い始めたのだった。
3階の住人は妙齢美貌の女性、ジェニー。彼女はポップミュージシャンをめざしている。
マネクとジェニーとの出会いは、マネクがこの家の玄関ステップで時間をつぶしているときに、なかなか素敵なミニスカートドレス姿で帰宅した彼女と会ったのがきっかけだった。
あまりのキュートさに、マネクはすっかり憧れてしまった。容姿抜群の女性だ(演じるのは、第何代目かのトゥイギー)。
ジェニーはポップミュージックの作曲家としてのデビューをめざしているが、それほど才能に恵まれているわけではない。だが、諦めきれずに、アルバイトをしながらチャンスを捜している。
彼女にはロニーというボウイフレンド(恋人)がいる。ロニーは、音楽エイジェント(企画・広告・プロモウション)の仕事をしている。
彼は、業界のコネクションをつうじてジェニーにデビューのチャンスを紹介するような振りをして、彼女と付き合っている。見栄えのよい「便利な恋人」として。ジェニーの方も、やはり半分は打算で、ずるずる付き合っている。
ロニーは、人間としてはずる賢い(立ち回りがうまい)、嫌なヤツだが、音楽界での才能を発掘する嗅覚と才覚を備えている。すぐれた演奏を聞き分ける能力はあるようだ。
それで、マダム・スザーツカの一番新しい弟子が、ピアニストとして並々ならぬ才能・資質をもっていることを察知した。したたかな商魂が頭をもたげてきた。