マネクは、動揺していて、自分の決意をスザーツカに伝えることができなかった。そこで、手紙を書いて持っていき、スザーツカに伝えようと思った。
一方、スザーツカは、プロデビューしたマネクを引き続き指導しようと決めた。そして、デビュー公演成功を祝って、心尽くしの料理やデザートを用意して待っていた。
夕方、マネクは邸宅にやって来たが、逡巡したのち、スザーツカの部屋(2階)のドアを通り過ぎて、3階のジェニーのところに行ってしまった。
部屋では、ジェニーが、引き払うための最後の片付けをしていた。すでに家具や什器をすっかり整理した荷物を運送屋に引き渡してしまっていた。
ジェニーはマネクに、自分の才能の限界を知り、ポップミュージックのライターの夢を諦めて、ロンドンを去るつもりだと伝えた。
ジェニーと付き合っていたロニーは、デビューのチャンスを紹介する素振りを続けながら、彼女を便利なガールフレンドとして利用していただけだった。
最近、彼女はその事実を思い知らされた。そこで、けんか腰の捨て台詞をぶつけて、ロニーとは別れてしまった。
夢と恋とを一度に失ってしまった。いや決然と捨ててしまったわけだ。
マネクはジェニーにキスしてから、今夜はここに泊まると言って、そのままスザーツカのところに行かずに、一夜を過ごしてしまった。
スザーツカは、マネクが来るのを今か今かと待っていたが、夜が更けると、椅子かけたまま眠り込んでしまった。
翌朝早く、スザーツカが目覚め、片付けを始めたときに、ドアの下から手紙が差し込まれてくるのを見た。マネクだ、と気づいたので、ドアを開けた。マネクはドアの前の踊り場から階段を降りていこうとしていた。スザーツカは呼び止めた。
「あなたは、行くことにしたのね。しっかり頑張るのよ」と励まして、笑顔で別れを告げた。
外はすっかり明るくなっていた。スザーツカは通りに面した窓のカーテンを少し開けて、去っていくマネクの姿を目で追いかけた。マネクは遠ざかっていく。
その向こうから3人連れがやって来る。そして、マネクとすれ違った。
エドワードが1人の少年とその母親を連れて、スザーツカの教室にやって来る。エドワードは、少年に何か声をかけて、元気づけているようだ。あるいは、「恐いピアノ教師、マダム・スザーツカ」について、見かけほど恐くないと説明しているのかもしれない。
ああ、あの子が、先日エドワードが入門を頼みに来た少年なのね。いいわ、さあいらっしゃい。
マダム・スザーツカは、近づく少年を遠目に眺めて、窓越しに小さく手を振り、おいでおいでの仕草を見せた。今、ユーリーナ・スザーツカはピアノ教育(ピアニストの育成)のなかで自分だけにしかできない独自の役割を自覚していた。
ここで、映画の物語は終わる。
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