季節はさらに進み。冷たい時雨を運ぶ暗灰色の雲が空一面をおうようになった。時雨がみぞれに変わりそうなある日、孝夫と美智子は町の病院を訪れた。
美智子は自分の検診のために院内に入っていき、孝夫は車のなかで待っていた。しがらくすると、美智子は病院の玄関から出てきて傘を広げた。足取りは力強かった。
美智子を迎えるために車から出た孝夫に美智子は囁くように声をかけた。
「できたのよ。妊娠3か月だって。」
「えっ、なに・・・」
「子どもができたのよ。もうすぐ42歳になる私に」
美智子は表情を引き締めよう努力していたが、口元は緩み笑顔がこぼれた。
「そうかあ、そうかあ」孝夫は込み上げてくる感動を抑えるためにハンドルに顔を伏せた。はじめは驚き、次いで喜び。顔を上げると、目を輝かせて車をスタートさせた。
家に帰りつくと、孝夫はお祝いの食卓を準備した。その席で孝夫は美智子を祝福した。
「とにかく、おめでとう」
「あなたの子よ」
これで2人は、自分たちもご先祖様と呼ばれる立場になる。
「来年は自分の田圃をもつんだ!」と、近所の農家の稲刈りを手伝いながら農家宣言をした孝夫だったが、これからは生まれてくる子どものために稲作に励むことになるのだろう。
▲雪に覆われた集落 野沢温泉村で
▲里も山も森も畑も雪におおわれ、境界が消える
それからまもなく本格的な冬が始まろうとしていた。山はすっかり雪におおわれた。
それでも、最初に積もった雪は、気紛れにやって来る晴れ間と太陽の光で、道路や陽だまりのところどころでは解けていた。
阿弥陀堂までの山道がまだ深い雪に閉ざされる前に、孝夫と美智子は外を歩く体力を取り戻した小百合をともなっておうめに会いに行った。
おうめは阿弥陀堂の前で、一心に野菜を洗って漬物樽に詰めていた。が、背後から呼びかける声に振り向いて、小百合がいるのを見ると、野菜を洗っていたホースを放りつけて、参道を登ってきた3人に駆け寄った。そして小百合の手を取ると抱擁して喜んだ。