この物語では、まじめな刑事たちがいかに愛妻家で恐妻家であるかが示される。
多田野刑事の妻は、先頃「一緒に暮らせない」と言い捨てて家を出ていったままずっと戻らない。彼は、人一倍の愛妻家で恐妻家だ。
だが、彼もまた目に見えるような形で夫婦のコミュニケイションをはかる努力をしてこなかった。だから妻は、多田野の心持が理解できず、「影のように存在感のない男だ」と思い込んで、家を出たのだ。
あるいは、多田野は腫れ物に触るように妻を大事にしすぎた――いや、慕い、かつまた恐れたというべきか――。
妻に別居されてしまった多田野は落ち込んでいる。そして、その寂しさ、虚しさを、行きつけのクラブでこぼしまくっていた。
彼の相手をしたマリア(源氏名)というグァテマラ出身の美貌の若い女性に、多田野は「女々しい愚痴と泣き言」をぶつけたらしい。
ところがじつは、マリアはグァテマラでは文化人類学の研究者で、研究のために日本に滞在している。クラブのホステスは、研究材料を収拾するためのアルバイトなのだ。最近では、とりわけ日本の男性の妻――あるいは女性一般――とのあいだのコミュニケイション・ハザードに強い関心を向けているようだ。
そんなマリアに、多田野が妻を失いかけているということで、ひたすら「女々しい態度」(そういう精神文化)を見せつけた。その結果、多田野は、きわめて興味深い研究対象となった。
そんなわけで、その前の夜、マリアは多田野の「ひたすら女々しい愚痴と泣き言」につき合い、研究かたがた、慰めることにした。やがて、マリアは多田野を立ち直らせようと奮起した。
そして、多田野の家に行って服を脱いで励まそう(?)としたが、多田野は「今のおれには女房しかない。悪い!」と言って相手にしなかった。マリアは頭に来て、帰ってしまった。
ところが、その翌朝、多田野の妻が帰宅した。だが、妻は何も言わずに家中の掃除を始めた。多田野はどうしていいかわからず、逃げるように猪瀬の家に来た。
前夜マリアと自宅まで「同伴」したことで、多田野は――たまたまマリアが勤めていたクラブのホステスの1人に売春の嫌疑がかけられたため――警察=同僚からは買春容疑をかけられてしまった。
多田野の部下の佐伯は、多田野を取り調べて調書を作成するために猪瀬の家に来た――警察署でそれをやると、多田野の面目丸つぶれになるから。
そして、証人としてマリアを呼び出した。
しかも、このまずい状況のなかで、早季子のはからいで多田野の妻が猪瀬家に来ることになった。ところが、ややこしい状況のため、多田野は妻や早季子からは浮気の疑いをかけられてしまった。問い詰められる多田野。
そのとき、マリアが多田野の弁護を買って出た。多田野がいかに愛妻家で恐妻家であるか、どれほど妻を慕い、家出されたことで女々しく泣き言を吐いているかを暴露した。
そして、この女々しさは、ある意味で芯の通った強さ――原則に強固にこだわる精神――を意味している、と。すなわち、妻への愛の強さだと理路整然と説明した。
こうして、多田野の妻は夫の思いを知り、家に戻ることになった。
猪瀬直也は、こういう同僚を親友として心を通じ合わせているのだ。親友から反射的に、直也の性格や心性が知れるというわけだ。