香具師の親分、大場義成が猪瀬家に押しかけ、頼み込んで尾車というやくざ者を1日預からせた。温情家の直也に無理やり押しつけたという方が正しい。
尾車は何やら犯罪を犯し、翌日警察に出頭するつもりだが、その前に猪瀬直也の家に世話になりたいというのだ。凄みのある大男で、大場さえも頭の上がらないくらいの「大物」らしい。
不気味なくらいに凄味がある尾車を直也が預かった(押しつけられた)ことに、早季子は腹を立てて、直也と口論した。尾車はそのことで肩身が狭くなったようだった。尾車は見かけは「いかつい」が、じつに律義で誠意に満ちた人物らしい。
とかくするうちに、大場が直也に助けを求めてすがってきた。浮気が妻にばれかけたらしい。
その妻は、先代の親分の1人娘で本当に大事にしていたのだが、大場が手を出したため、しかたなく入り婿に据えて、香具師の親方の跡継ぎにしたらしい。つまり、浮気が原因で離縁されれば、義成は親分の地位を失う。
だが、大場義成は妻をすごく愛しているらしい。だが、入り婿の立場上、すごい恐妻家で、家庭では肩身が狭いことから、相手のやさしさにほだされてつい浮気に奔ったらしい。
そこで、直也に、外泊した一夜には一緒にいたことにして――妻に明言して――ほしいと泣きを入れてきたのだ。やがて、大場の妻が猪瀬家に現れる。
早季子はといえば、大場義成の浮気を妻に隠すために直也が嘘を言うことに反対で、大場が直也に「嘘も方便」と強引に頼み込み、直也が無理な頼みを断れないでいるのを辛そうに見つめていた。
それを傍らで見ていた尾車は憤り、大場を殴り倒した。
直也が大切にしていいる妻、早季子が辛くなるような嘘(口裏合わせ)を頼むことが許せないというのだ。
そんないきさつで、大場は妻に浮気を知られることになった。だが、平謝りに謝って、何とか許しを得て離婚を免れることになった。
尾車は、夫の妻に対する態度として、ものすごく律義さや誠実さを求めるようだ。
彼は、この騒ぎが落ち着くと、猪瀬家に押しかけた理由を語り出した。
尾車は仕事で金を稼ぐことが妻への愛情=誠意と思い込んで、仕事中毒になったが、妻は夫婦の会話・対話がないために悲嘆にくれた。結局、そういう理由で離婚されてしまった。そのことで、自分の思い違いで元妻をものすごく傷つけてしまったと、今も後悔して生きている。
さて、その妻は離婚の直後、茫然自失して無意識に万引きをしてしまい、猪瀬直樹に逮捕された。だが、万引きに奔った困惑の事情・原因を聞き出した直也は、立件せず(その女性の性格や人格を信頼して、そして将来を考慮して)、大目に見て解放した。
そのため、妻は罪を負うこともなく――そして深く反省して――、やがて再婚して幸福な家庭を築いた。
尾車は、自分が深く愛した、そして傷つけてしまった元妻の人生を救ってくれた猪瀬直也に会い、その家族のもとに1日いて、自分なりの感謝の感謝の示したいと考えて、世話になりに来たのだという。
それで、最前の直也と早季子の口論の原因が「家計=懐具合の悪さ」だと思った尾車は、所持する「菊宗」とかいう名短刀――時価1000万円――を直也にさし出す。
直也はその場は尾車の顔を立てて、短刀を引き取ったが、大場をつうじて尾車に返すつもりでいる。
というわけで、ここでも直也の人情家――ただし再犯をしない人物・人格だと見抜く目を持つ――としての側面を浮かび上がらせる。