この回に描かれるのは、年老いた父親と直也との「別れの儀式」の物語だ。
久しぶりに直也の父親、源蔵が猪瀬家にやって来た。
源蔵はそれまでは直也の兄の家庭に同居していたが、「彼女に手切れ金を渡して別れてくる」と言って出てきたらしい。その彼女とは、直也の母親と死別してから2年後につき合い始めたという。
父親を尊敬している直也だが、母親の死後たった2年後に愛人をつくってつき合い続けてきたことについては、内心面白くない。そして、そのことを臆面もなく家族に話して「別れるために手切れ金を渡す」と表明するデリカシーのなさに腹を立てている。
あんな風では、兄の家族(とくに兄嫁)との関係がこじれて、今後うまくいくはずがないと心配する。
翌日の朝から源蔵は、その彼女との別れ話をするために大金を持って出かけた。
ところがその夕刻、源蔵は「逆に振られた」と言って、さばさばした表情で帰ってきた。
源蔵を囲んでの夕食のとき、直也は源蔵の態度にこらえかねて父親を責め立て問い詰めた。
だが、よく話を聞いてみると、
源蔵は亡き妻を深く愛していたという。それで、その彼女は亡き妻と非常によく似ていたたため、孤独や悩みから救われる思いでつき合い始めたという。亡き妻への思慕が、そっくりの彼女とのつき合いの原因だったのだ。
けれども、自分の人生の老境もいよいよ晩期になったと思い始めてみると、やはり「かあちゃんと一緒の墓に入って永眠したい。そのためのケジメをつけるために彼女と別れるようと決心した」のだという。
一方、早季子は昼間掃除のときに、源蔵のバッグに老人ホームのパンフレットを見つけた。ということは、源蔵は今や兄夫婦との同居する境遇だが、やはり居ずらくなったため、親子同居の生活から訣別して、老人施設に移ることを決心したのかもしれない。そう思った早季子は、そのことを直也に告げた。
また、直也は昼間、大場との会話のなかで源蔵の奇妙な行動のことを話したときに、大場から「それは身内(息子)の直也に別れを告げにきたのだ」と指摘された。
ということで、直也は兄の家族との同居がうまくいかないのならと、父親との同居を考え始めた。早季子も「お義父さんは、面白い人だから同居してもいい。同居しましょうよ」と言ってくれた。
そこで、深夜、源蔵と枕を並べて就寝したときに「同居しようよ。兄には俺が伝えるから」と言い出してみた。
だが、父親は決心を変えなかった。兄夫婦の家庭を出て弟夫婦と同居するとなれば兄弟の関係がこじれかねないから、という理由を告げて。
そして、近く真紀が結婚する予定だと聞いたことから、故郷、焼津名物の祝い凧を――直也に手伝わせて――つくり始めた。本来は出産祝いのための凧なのだが、それまで命が持つかわからないから今のうちにつくるのだという。だが、直也は酔いが回っていたので、すぐに眠ってしまった。
さて、直也が目覚めるともう翌朝で、源蔵の姿はなかった。
座敷の壁に祝い凧が飾ってあった。そして、直也あてに別れの挨拶文(置き手紙)が置いてあった。
「私が倒れたら、延命治療は施さないでくれ」と書かれていた。
孫娘に生まれ故郷の名物、手製の凧を残して去っていった、その行動は源蔵らしい筋の通し方だった。